月刊総合雑誌09年12月号拾い読み (09年11月20日・記)
『中央公論』は第2特集として、「司馬遼太郎と明治日本」を編んでいます。
特集巻頭は、関川夏央・作家と成田龍一・日本女子大学教授による対談「『坂の上の雲』と高度成長の時代」です。関川によれば、「(司馬は)時代精神をダイナミックに捉えることを主眼としていた」のです。それが、左翼史観を中心とした「戦後歴史学」に対して、成田が指摘する「幕末や日清・日露戦争の捉え方や叙述について、もの申す姿勢」となったのでしょう。成田は、「国民国家を肯定し、戦後を体現した司馬遼太郎は、『戦後』を歴史化し、『日本人』とは何か、ナショナリズムとは何かと考える格好のテキストだ」とも指摘しています。今回のような「政権交代」期には、関川の表現を借りれば、「(司馬の)炉辺の知恵」にすがるほかないのです。
なお、特集には他に、松本健一・評論家・麗澤大学教授「正岡子規の野球仲間と近代日本の暗部」と坪内稔典・俳人・佛教大学教授「マヨネーズと小説の作り方」があります。司馬作品「坂の上の雲」は、日露戦争が国民国家・国民軍の成立時点であると位置づけしたと、松本は評価します。また、国民国家が確立したときに、「その頽廃の部分が育っていた」のです。坪内は、「坂の上の雲」(単行本)の第1巻のあとがきにある「小説という表現形式のたのもしさは、マヨネーズをつくるほどの厳密さもないことである」を取り上げ、司馬の小説作法を解明しようと試みています。「小説とは要するに人間と人生につき、印刷するに足るだけの何事かを書くだけのもの」との司馬が語っていると紹介しています。
『文藝春秋』は、1994年4月号掲載の司馬遼太郎「日本人の二十世紀」を、同誌1000号を飾った記念碑的論文として再録しています。日露戦争時、日本は「武士的リアリズム」で危機を打開したのです。しかし、日本の為政者は、手の内―とくに弱点―を国民に明かす勇気に乏しい、このことが日本を悲劇へと導いたとのことです。「軍事的膨張が、国際関係論的なリアリズムにも立たず、自国の薄弱な軍事力についての認識にも立たず、単に時勢の勢いという魔術的なものに動かされてきて」ファナティシズムとなり、「幻想の時代」に入っていったと、司馬は昭和初期の日本には手厳しいものがあります。
司馬論文を解題すべく、山内昌之・東京大学教授「司馬さんはなぜ『坂の上の雲』を書いたのか」が併載されています。山内は、司馬の説く「武士的リアリズム」を軸に論じ、「坂の上の雲」は「知識人の教養に軍事知識や戦史理解が含まれない日本人の知的限界をえぐるように書かれた歴史文学」と位置づけています。
亀井静香・金融・郵政改革担当大臣が、『文藝春秋』で後藤謙次・TBS「THE NEWS」アンカーの質問に答えています(「私が『郵政民営化』をぶっ壊す」)。全国2万4千あまりの郵便局を郵便や郵貯・簡保の窓口だけにするのはもったいない、介護の拠点や年金の徴収・支払も担当させるとよい、さらに郵貯で集めた金を地域の中小・零細企業に流していく工夫をしたい、と意気軒昂です。中小企業の借金返済を猶予する「モラトリアム法案」を打ち出したのは、小泉・竹中路線の否定であり、日本全体が中小企業に目を向けるべきとの意図からなのです。
高橋洋一・政策工房会長「『郵政見直し』国民負担1兆円」『ボイス』は、郵政民営化が必要だったのは郵便貯金や簡保保険の破綻が必至だったからで、「まやかしの民営化は必ず破綻する」のであり、「国営会社にしたほうが、スッキリする」とのことです。また、デフレ政策が必要であり、中小企業への銀行の貸付債権を日銀が買い取る形式でモラトリアムを行うべきと展開しています。
国連気候変動サミットで鳩山首相が提示した温室効果ガス削減について、福山哲郎・外務副大臣「25%削減はビジネスチャンス」『ボイス』が詳述しています。「技術革新につながり、新たな商品が生まれ、マーケットも広がり、世界にもさらに積極的に打って出られるようになる」し、25%削減は「日本がやれるメニューを総動員すれば」可能だそうです。
同じ『ボイス』で、北村慶・大手グローバル金融機関勤務「日本経済を壊す排出権取引」は、25%削減に懐疑的です。「真水の削減」は15%が限度であり、残りは「排出権」購入による“みなし削減”に頼らざるをえなくなり、日本企業・日本国民の負担が重くなり、国際競争力を失うと危惧しています。
『中央公論』の第1特集は「年金は甦るか」です。「官僚任せで年金制度に無頓着だった自民党を切り、私たちは民主党を選んだ。しかしマニフェストをつぶさに点検してみると、新政権は年金財源に無頓着としか思えない」との問題意識からの編集です。
まず、石弘光・放送大学学長「税から逃げ回った日本の政治家たち」が、これまで政治家たちが「増税反対。歳出削減反対」と矛盾したことを平気で唱えてきたと論難し、健全な増税論議の必要性を唱えています。西沢和彦・日本総合研究所主任研究員「民主党はこのまま将来世代にツケを負わせるのか」も、具体策不明と民主党の政策を不安視しています。磯村元史・函館大学客員教授「消えた年金記録はこうして回復しろ」は、5000万件の「迷える記録」「消えた記録」問題の着実な解決で国民の不信感を払拭することが先決であり、「半額補償」など柔軟な手法の採用を提唱しています。宮本太郎・北海道大学教授「『ばらまき』を回避し雇用を支えよ」は、「雇用が縮小するなかでは、最低保障年金が拡大して、制度としての持続可能性が問題となりかねない」とし、雇用を軸とした生活保障の再構築を求めています。
舛添要一・前厚生労働大臣が「厚生労働省戦記」の短期集中連載を『中央公論』で開始しました。第1回は「迷走する後期高齢者医療制度」です。後期高齢者医療制度改革が頓挫した経緯を紹介し、「大臣が国民の声に耳を傾けて政策変更しようとするとき、族議員が業界や官僚の方を向いて、それに反対するようでは、党の未来はない。選挙は負けるべくして負けたのだ」と憤激しています。
伊東光晴・京都大学名誉教授「鳩山新政権の経済政策を評価する」『世界』は、民主党連立政権への転換を、「戦後日本で本格的な政権交代が生じた」とし、長期政権と利益集団との癒着関係がもたらす社会のゆがみの是正と野党時代に貯えた人材と知識の顕在化の二つの目に見えるプラスを作りだしている、と評価しています。ただ、以下の3点に留意すべきとのことです。まずは、新政策は国債発行で支えざるを得ないし、次には税制の正常化であり、さらに産業構造転換債の発行です。以上の3点のうえに、消費税を福祉のための税として欧州型の付加価値税に改めるべきと力説しています。
対ロシア政策の論考を取り上げましょう(東郷和彦・京都産業大学客員教授・元駐オランダ大使「鳩山政権下の日ロ領土交渉はどう進められるべきか」『世界』)。外務省で対ロ交渉を担当した体験に基づき、「四島一括返還」をめぐる日本内の齟齬をただすべく筆を進めています。「あくまでも二島で終わり」ではなく、「最終的に四島を取り戻すという枠組みは一貫して、いささかも変わらない」のです。武力の威嚇をもって交渉に臨めないのですから、領土問題解決が国益にプラスと先方に判断させるようにしなくてはならない、と東郷は交渉の困難さをあらためて強調しています。
『ボイス』は「2010年の中国経済」を特集しています。
宮崎正弘・評論家「日本円を蹴散らす人民元」は、「(中国の)究極の目標は『金本位』よる通貨覇権」とみなしています。上野泰也・みずほ証券チーフマーケットエコノミスト「『サイボーグ経済』崩壊の始まり」は、中国経済をサイボーグ(人造人間)のような経済で、「人間離れ」して強靭であるかのようですが、基本的には、数多くの面でバランスが悪く、将来的には濃い霧がかかっていると分析しています。また、柯隆・富士通総研経済研究所主席研究員「中国企業が失速する日」は、「国有企業の完全民営化と国際競争力のある民営企業の育成を急がなければ」、「2012年危機」を迎える可能性ありとしています。
一方、門倉貴史・BRICs経済研究所代表「上海万博が呼ぶ10%成長」は「ニューリッチ層の個人消費は拡大し続ける」と楽観的です。また中国政府のブレーンの胡鞍鋼・清華大学教授は、橋爪大三郎・東京工業大学教授と対談し(「内需拡大・成功への確信」)、タイトルどおり、自信満々です。
(文中・敬称略) |