月刊総合雑誌2010年4月号拾い読み (2010年3月20日・記)

 世界一の自動車メーカーのトヨタが「リコール」問題を起こしました。その原因と対応の拙劣さを、佐藤正明・ノンフィクション作家「トヨタを不信地獄に堕としたトップの器量」『中央公論』が詳述しています。技術水準は高いのですが、それが技術者の驕りにつながり、創業者の孫たる現社長の体制発足以来、体質が「内向き」となり、「さしたる実績のない御曹司社長にカリスマ性を持たせるため、必死になって奇跡の黒字転換劇のシナリオづくりを優先させた」ため、マスコミ対応も後手となり、リコールの届けも遅れた、とのことです。
 佐藤は、『文藝春秋』で入交昭一郎・元本田技研副社長と対談(「それでも日本車の信頼は揺るがない」)し、今回、トヨタで「渉外」と「広報」という企業危機管理の二本柱が機能しなかったことを問題視します。入交は、グローバル化に見合った経営体制の刷新の遅れと現地法人への権限委譲の必要性を指摘します。
 なお、日本のモノづくり力や技術開発能力は依然として揺るぎないレベルにあるとの点では、両名は同意見です。

 井上久男・ジャーナリスト「世襲トヨタ『覇者の誤算』」『文藝春秋』は、管理部門を中心とする本社派と市場を重視する市場派の対立が、今回の混乱の度合いを深めたと分析しています。遠藤功・早稲田大学ビジネススクール教授「トヨタの現場が生まれ変わる日」『ボイス』は、系列外との連携生産でも質を保つようなビジネスモデルの構築が、グローバル化したトヨタの課題とのことです。
 遠藤の論考は、「特集 日本製造業・復活への大戦略!」の一環です。同特集の巻頭は、日下公人・評論家と長谷川慶太郎・国際エコノミストによる「アメリカに叩かれても強くなる日本企業」と題する対談です。日本の技術は高く評価できますが、安穏としていてはいけないのです。二人は、新興国という市場と脱ガソリンに向けて技術の攻略が、今後の日本の製造業のカギとなると予見しています。意思決定が遅くてはなりませんし、経営者の能力が問われます。

 各地の百貨店が深刻な状況を迎えています。東京の西武有楽町店も閉店します。その決断の背景を最高経営者として、鈴木敏文・セブン&アイ・ホールディングス会長「看板百貨店をなぜ閉めるか」『文藝春秋』が述べています。百貨店から「新しさ」や「個性」が失われたのです。また「安さ」だけでも売れません。小売業は、「価格より質」「新しさ」を担うPB商品の開発とネットショッピングに活路を求めなくてはならないようです。
 高橋伸彰・立命館大学教授「経済失政が続いた原因は成長信仰にある」『中央公論』は、ゼロ成長を前提にした政策論議を勧めます。「パイをいかに拡大するかという成長のフロンティアよりも、パイをいかに切り分けるかという分配のフロンティアのほうがはるかに広く拓かれている」のだそうです。

 長く日本は「世界第二の経済大国」でした。その地位も今年中に中国に奪われます。松本健一・評論家・麗澤大学教授「成長戦略の価値的転換をめざせ」『中央公論』は、異なった観点からですが、高橋と同様、成長の神話を描くべきではないと説きます。むしろ東アジア共同体の理念としての〈共生〉という価値観を提示すべきだとのことです。田中直毅・国際公共政策研究センター理事長「中国に近代を奪われた日本の未来」『中央公論』によれば、量的拡大を求め、いわば、いまだ近代化を追求する中国に対し、それとの差異化をいかに実現するかが日本の課題なのです。日本は「脱近代化の過程を模索しつつある」のです。

 一方、丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長「鳩山さん 経済無策では国が危うい」『文藝春秋』は、「経済成長なくして日本の再生なし」の立場から、鳩山政権の新成長戦略の基本方針「輝きのある日本へ」には具体策がなく、想定している名目成長率3%の達成など覚束ないと批判しています。

 民主党の施策の方向を、仙谷由人・国家戦略相が、『中央公論』で田原総一朗・ジャーナリストのインタビューに応じ、語っています(「私には、閉塞感を払拭する戦略がある!」)。経済の成長戦略に関しては、GDPだけを物差しにするのでなく、「もう少し国民が生きがいだとか喜びだとかを実感できる経済、社会にしたい」ので、そのためにもセーフティネットの構築を急ぐのだそうです。また、日米間での懸隔が囁かれている安全保障問題については、かつてのような緊急課題ではない、と楽観的です。
 前原誠司・国土交通大臣は『世界』に登場し、公共事業改革について説明しています(聞き手・まさのあつこ・ジャーナリスト「『コンクリートから人へ』をいかに実現するか」)。前原の結びの言は、「六〇年間続いてきたことの革命を始めているわけですから、すべてをすぐに変えることはできません。でも、過渡期であるということはお分かりいただけたでしょう? 段階的過ぎるというご批判もあるかもしれません。しかし、皆さんからご意見をいただきながら、確実に進めていきたいと思います」です。

 丹羽の焦慮と仙谷、前原の姿勢にはすれ違いがあるかのようです。丹羽と同じく、「いま、わが国は極めて重大な岐路に立たされている」「日本経済は、いまだ出口の見えない長いトンネルに中にある」と憂慮し、成長戦略が欠如していると、民主党政権の政策を徹底的に批判するのが、与謝野馨・衆議院議員・元財務大臣「新党結成へ腹はくくった」『文藝春秋』です。鳩山総理を「平成の脱税王」と厳しく論難し、かつ谷垣自民党総裁には対峙する姿勢が欠如していると落胆を表明しています。「与野党の心ある議員を結集したい」と、タイトルにあるように新党結成へ動く構えまで示しています。与謝野の掲げる「日本復活」に必要な基本政策は次の6項目になります。@復活五ヵ年プランの策定、A超党派の円卓会議の設置、B安心強化と無駄撲滅、C世界標準での財政再建、D補助金・規制改革・人材育成の三位一体型総合対策、E日米同盟関係の正常化。

 佐藤優・作家・元外務省主任分析官「石川議員、独房からの手紙」『中央公論』は、石川知裕衆議院議員ら三人が政治資金規正法違反容疑で起訴され、小沢一郎・民主党幹事長が不起訴となったことを焦点にしています。佐藤によれば、石川議員らは、小沢摘発のための「階段」だったはずですが、検察の裏献金があったとの「筋読み」が間違っていた可能性ありなのです。
 『中央公論』では、郷原信郎・名城大学教授・弁護士「小沢狙い撃ちに見る検察の暴走と劣化」も、検察の捜査を問題にしています。大手ゼネコンからの政治献金は地域の有力者への「あいさつ」であり、当初から政治資金規正法違反の悪性を示すことは困難であり、「泥縄式」の捜査だったとのこと。このような検察へのマスコミからの批判がないことを異常であると論じています。

 それに対し、松田賢弥・ジャーナリスト「小沢一郎『57億円略奪』の黒い霧」『文藝春秋』は、小沢の和子夫人の資産にも謎があり、57億円にのぼる後ろ暗いカネがあると小沢をあくまでも糾弾しています。さらに、『文藝春秋』には、天皇陛下の前立線がん全摘手術を担当した北村唯一・東京大学名誉教授・あそか病院院長による「小沢一郎よ、あなたは陛下のご体調を考えたことがあるのか」があります。「陛下がご体調を維持されるためにも大変よい取り決めである『一ヵ月ルール』を、小沢氏は無理やりに破った」と小沢を批判しています。

 唐家璇・元中国国務委員「田中角栄から小泉、小沢まで」『文藝春秋』には、「日本語通訳から始まった対日工作の責任者が語った48年」「中国外交のドン 独占インタビュー」との惹句が付されています。田中、中曽根、竹下など歴代首相との交流はじめ、当事者しか知り得ないエピソードに満ちています。小沢については、「依然として私たちの古き友人、いい友人であり、私が日本に行くときに、チャンスがあれば小沢先生に会いたいと考えています」と語っています。

 対中国外交については、櫻井よしこ・ジャーナリスト×青山繁晴・独立総合研究所社長×李英和・関西大学教授×福島香織・ジャーナリスト「大討論会 民主党“媚中”外交が招く危機」『ボイス』が、タイトルで想定できるような警鐘を鳴らしています。清水美和・東京新聞論説副主幹「『国進民退』一人勝ち中国の矛盾」『文藝春秋』は、国有企業を牛耳る共産党幹部の子弟たちの跋扈ぶりと中国経済が抱える問題点を仔細に解説しています。
 

(文中・敬称略)

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