月刊総合雑誌2010年6月号拾い読み (2010年5月20日・記)

 検索エンジン・グーグルの躍進には、すべての書籍のデジタル化を試みるなど、凄まじいものがあります。テレビ、新聞、広告、出版、音楽等々、多くの業界が、影響を受けています。他の産業の基盤を揺るがしているのです。その実相に、ケン・オーレッタ・「ニューヨーカー」記者(翻訳・土方奈美)「グーグル秘録『メディアの破壊者』」『文藝春秋』が迫っています。どの広告がどの商品購入につながったのかなど、広告の有効性を明確にすることに成功し、2008年の広告収入は米五大テレビ・ネットワークの合計に拮抗するまでになりました。テレビに止まらず、新聞の広告収入が急減しています。
 アメリカの新聞は、売上げの70〜80%を広告収入に依存していたので、影響を受けたどころか、壊滅的打撃を受けています。河内孝・メディア・ジャーナリスト「新聞がなくなった社会」『中央公論』によれば、アメリカで、今年1月現在、倒産した新聞社は11、電子版に移行した社が8だそうです。さらに(廃刊ないしは電子版に移行したが)統計から漏れた弱小コミュニティー・ペーパーは100紙以上とのことです。08年6月から09年6月の間で何と全米ジャーナリストの35%が失業もしくはレイオフされたのです。新聞が果たしてきた公共的役割や調査報道機能の方途が問題となっています。日本の新聞の将来をも真剣に検討しなくてはなりません。

 iPadなどで、電子書籍が普及してきています。それへの戸惑いを宮下史朗・フランス文学者・東京大学大学院教授×港千尋・写真家・批評家・多摩美術大学教授「『グーグルベルグの時代』と本・読書の近未来形」『中央公論』が吐露しています。紙の書籍も残るとは予測しつつも、キンドルのような情報端末は、図書館と同等の役割を果たすのか、はたまた図書館へのアクセス・カードを有したことになるのか、定義できない要素があります。港によれば「アメリカ的な壮大な実験」であり、宮下によれば、「ある国では広く普及したけれども、別の国では全然ダメということもありうる」のです。
 「紙と電子媒体が併存し、近い将来においても紙が優位を保つと考えるのが自然である」としつつも、「出版不況で活字文化はすでに衰退を始めているが、電子書籍がダメ押しとなりかねない」と危惧するのが、岸博幸・慶應義塾大学教授「電子書籍が日本文化を破壊する日」『ボイス』です。出版社は、電子書籍の流通をネット企業に牛耳られている現状を打破しなくてはならないし、編集・企画などの付加価値を付す能力をより一層高めなくてはなりません。電子書籍を本棚の代わりとしてとらえ、文字以外に音声・写真・動画などを取り入れた表現形態を拡げるチャンスとして、出版社は前向きに攻めるべきとのことです。

 作家として出版界に注文をつけているのが、平野啓一郎・作家「書籍の電子化は作家という職業をどう変えるか」『中央公論』です。音楽がベスト盤化したように、雑誌も同様な方向を歩み、記事単位で読まれることになるかもしれません。ミュージシャンにはあくまでもプロデューサーが必要であるように、作家にも同種の存在が必要です。上の岸の説くことを含め、出版社・編集者には、電子書籍の時代に見合ったプロデューサー業務が求められます。

 6月号にも、鳩山民主党政権に厳しい論考が目立ちます。
 田久保忠衛・杏林大学客員教授「置き土産は日米破綻 鳩山政権の“断末魔”」『正論』は、「政治家の肩書を持つだけで日本を破綻させて無頓着な人物には退陣以外に道はない」とまで言い切っています。
 浦上隆・ジャーナリスト&チーム・キャピトルヒル「爾後、鳩山政権ヲ対手トセズ」『文藝春秋』は、普天間飛行場移設問題に関する日米交渉の経緯をたどり、アメリカ・オバマ政権が鳩山政権にいかに不信感を募らせていったかを詳述しています。その結論は、田久保と同様、「普天間で米政府が日本と協議し、合意できる条件はたった一つ。首相の交代だけである――」です。
 『ボイス』は、中西輝政・京都大学教授「『新しい保守』を打ち出さなければ未来はない」を巻頭にした「特集 さようなら、民主党」を編んでいます。特集内の田原総一朗・ジャーナリスト「もはや民主党には任せておけない!」は、山田宏・日本創新党党首、与謝野馨・たちあがれ日本共同代表、谷垣禎一・自民党総裁へのインタビューです。田原は、「混迷の原因は、民主党が『国民に迎合している』ことにこそある」とし、次の選挙での国民の選択は「きわめて重いテーマである」と総括しています。ただし、民主党にとってかわる政党は不分明としか言いようがないようです。
 「あきれた日本政治」が『中央公論』の特集タイトルです。
 特集巻頭は、御厨貴・東京大学教授「衆議院を解散し、『奇妙な安定状況』を打破せよ」です。御厨は、衆議院で300超という空前の議席を得た民主党が動かないため、「政治は膠着し、奇妙な安定状況にある」ことを問題視します。また、民主党の議席数と民意の間には大きなズレが生じてしまっているので、解散・総選挙が必要だと説いています。
 竹中治堅・政策研究大学院大学教授「参議院多党化と定数是正が『ねじれ』を克服する」は、参議院の選挙制度を地域ブロック制の大選挙区にかえるよう提言しています。無所属候補や中小政党が参議院に議席を確保しやするのです。衆議院による対立を参議院に持ち込むことなく、多党化した参議院では妥協が成立しやくなると予見しています。

 日本企業に元気がありません。一方、サムソンを始めとする韓国企業に勢いがあります。そこで、『ボイス』は「総力特集」と題して「サムスンに負けない!日本企業の新・成長戦略」を編んでいます。
 財部誠一・経済ジャーナリスト「サムスンは『グローバル市場』しかみていない」は、日本企業の特徴である「自前主義」や「総合化」が時代遅れとなっていると指摘しています。日本の部品や技術を応用し、日本製の85%程度の質の製品を日本製の75%の定価で販売するサムソンの方式のほうが、いまやグローバルスタンダードとのことです。竹中平蔵・慶應義塾大学教授「いまこそ李明博の“政治主導の”経済政策に学べ」は、日韓経済の命運を分けたのは、政治のリーダーシップのあり方だとし、鳩山政権の経済政策が不透明だと糾弾しています。
 堀紘一・ドリームインキュベータ会長「日本の『安全』を世界に売り込め」によれば、今後、日本を支える新しい輸出産業は、「コストではなく付加価値」、「単品ではなくセット」、「大ロットではなく小ロット」の3つを軸に展開すべきとのことです。日本ならではの「安全」は、日本独自の付加価値であり、輸出のさいの強みとなるそうです。藤沢久美・シンクタンク「ソフィアバンク」副代表「インフラ輸出の未来を拓く『水ビジネス』最前線」も、堀と問題意識を一にしています。ただし、インフラ事業は多額の資金が必要ですし、その回収は長期にわたります。どうしても外交、政治の力が必要です。国、自治体、企業の協働が求められます。

 日本の経済力が低下していると同時に、世界での日本の存在感・影響力が落ちています。その背景を、池内恵・東京大学准教授×高木徹・NHK専任ディレクター「世界中から日本人が『消えた』!?」『中央公論』は明らかにし、日本・日本人の方途を探っています。トヨタのリコール問題には危機管理コミュニケーションの戦略の不在がありそうです。また、政治にも、冷徹な計算に基づいたPR戦略が求められています。池内の「『欧米スタンダードがアジアに合わないときには、日本が翻訳しますよ』という立場を確立することが、もっとも世界に対する発言力をもつことになる」との意見に、高木も同意し、日本国内のみで通用する議論に満足せず、「世界にどう発信するか」を追い求めるべきだと応じています。

 アメリカで中国の人民元がドルに対して安すぎると問題となっています。若田部昌澄・早稲田大学教授「人民元切り上げの是非」『ボイス』は、加熱気味の経済を少し冷却するためにも、中国が小幅の切り上げを許容する可能性あり、とします。「中期的には人民元を変動相場制に切り替えるタイミングを待っている状況だろう」と推定しています。
 

(文中・敬称略)

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