月刊総合雑誌2010年7月号拾い読み (2010年6月20日・記)

 菅政権が6月8日に発足しました。その頃、店頭にならんだ総合雑誌7月号は、作業の日程上、鳩山政権崩壊を前提での編集は困難でした。『ボイス』の総力特集は、田原総一朗・ジャーナリスト×櫻井よしこ・ジャーナリストの対談「“第3極選挙”参院選後に希望はあるか?」を始めとする「鳩山総理につけるクスリ」です。櫻井によれば、民主党にも自民党にも期待できず、“第3極”の新たな政党が日本の近未来を決めるのです。中曽根康弘・元内閣総理大臣が梅原猛・哲学者との「鳩山君に教えたい『リーダーシップの条件』」と題する対談に登場していますが、当の鳩山が退陣してしまいました。

 『中央公論』の伊藤惇夫・政治アナリスト「それでも小沢路線しかない民主党の断末魔」は、鳩山退陣の報を受け、急遽、執筆・掲載したものです。鳩山民主党の失敗は、「『本来内部でやるべき議論』が表沙汰になる半面、『国民に周知すべき情報』の公開が不十分」だったからとのことです。なお、参議院選挙後の混乱を解決できるのは、やはり小沢(一郎)の腕力以外は考えられないそうです。
 竹森俊平・慶應義塾大学教授「ダメ政治が導く日本のスロー・デス」『中央公論』は、現今の政治状況を経済学的識見に基づき分析しています。ここ10年、日本の政治を動かしていたのは、成長率の低い経済に手をこまねいてきた自民党への国民の不満だったのです。民主党はそれに気付かないまま政権を担当したので、練り上げた「成長戦略」を用意できなかったのです。そこで有権者を掴むべく、牛丼屋の価格破壊競争と相違ない「バラマキ競争」に走ったのです。「子ども手当」が典型です。景気対策・経済政策で党内の合意が成立しがたいので、民主党政権には期待できそうもない、と竹森は論難しています。
 この竹森論文を巻頭にし、伊藤論文を擁する『中央公論』の特集は「民主党さん、経済も危機ですよ」を惹句にした「政治不信から国家破産へ」です。同特集には他に、田中直毅・国際公共政策研究センター理事長「ギリシャ・欧州危機はこうして日本国債に感染する」、近藤和行・読売新聞東京本社編集委員「政策論争乏しき経済運営を改めよ」、勝間和代・経済評論家「『子ども手当』だけでは少子化対策にならない」があります。

 『正論』の巻頭言は、表紙に「日本国民に告ぐ」と謳う、西部邁・評論家・秀明大学学頭「文明の敵・民主主義を撃て」です。『文藝春秋』の巻頭論文は、まさしく「日本国民に告ぐ」と題する藤原正彦・お茶の水女子大学名誉教授による論考です。西部は、民主主義と「多数参加と多数決」とを等置する考えを否とします。単なる大衆の代理人による政治ではなく、公民の代表者による政治を求めています。公民とは、「私心のみならず公心も兼ね備える者たち」のことです。藤原は、「誇り」を回復するため、東京裁判の否定、自主憲法制定、自衛可能な軍事力の保持の3点を求めています。

 日本の前途に不安があり、日本を、日本人を元気づける必要があると考えてのことでしょうか、『ボイス』は総力特集以外に、「日本文化が世界を制す」を特集しています。「アニメ、マンガ、映画から和食まで、世界各地で日本文化が花盛りだ」というのです。「クール・ジャパン」と称賛されているというのです。
 鴻上尚史・作家・演出家「ドメスティックに徹することが国際化のカギだ」によりますと、「日本文化が面白い」のではありません。「面白い文化が日本に多い」のです。世界水準など意識せず、ドメステッィクに徹するとかえって国際的に通用するのです。ただし、「ここをこう変えたら世界水準になる」とアドバイスできる「文化の翻訳プロウデューサー」は必要です。文化事業の予算が小規模であり、柔軟性がなく、単年度決算など、改善すべきことが多々あります。そこで、小山薫堂・放送作家・脚本家はまさしくタイトルどおり、「『総合エンターテインメントの殿堂』をつくれ」と提唱しています。「日本から文化を発信するというだけでなく」、「新しい文化を求めて日本に集まってくる仕掛けをつくる必要がある」のです。
 竹田恒泰・作家・慶應義塾大学講師「『ミシュランガイド』が東京を絶賛する理由」によりますと、東京は世界一の美食都市であり、和食は世界一幅が広く、洗練されているかのようです。「クール・ジャパン」「ソフト・パワー」を振興していけば、日本の次代を担う一大産業になりますが、ただし官民挙げた戦略を構築する必要があると、中村伊知哉・慶應義塾大学教授「『クール・ジャパン』で経済を成長させる法」は指摘しています。なお山本一郎・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役「蝕まれる日本製コンテンツ」は、日本製のゲームなどが「標的となって複製され放題となっている」と憂慮しています。ソフトウェアの品質向上と同時に著作権保護などにも官民挙げての協働が必要でしょう。

 隣国・中国で、上海万博が開催中です。『文藝春秋』が特別企画として、「目からウロコの『魔都上海』」を編んでいます。
 中国に負けて日本はダメになるとの悲観論は誤りであり、かつ中国経済は上海万博後に崩壊するとの予測は「負け犬の遠吠え」だと、丹羽宇一郎・伊藤忠商事取締役相談役「2015年 中国バブルに日本の勝機あり」は力説します。2015年に中国が「中位安定経済成長」期に入ると、日本経済の活力が見えてくるのであり、「日本が東アジアのビジネスセンターとして、世界経済に返り咲くことも可能」とのことです。
 中国社会の変化には甚大なものがあります。それへの戸惑いを、正直に吐露しているのが、原武史・明治学院大学教授「上海―南京高速鉄道に乗ってみた」です。地下鉄も日本の新幹線に似た高速鉄道も、その車窓から見える郊外も急速に発展しています。現代中国の男女間の問題や生活事情に関し、日中の女流作家が対談しています(樹のぶ子×王小鷹「『欲望大国』の男と女」)。中国では若者の就職状況はよくありませんし、未婚の高学歴女性が増加しています。離婚も増加傾向にあり、女子学生たちは将来の生活に強い不安を抱いているようです。
 邵愛玲・元上海市第六女子中学校長「一老婆の『激動の77年史』」は、82歳の女性が77年間の上海での生活を歴史の生き証人として語ったものです。日本軍、国民党、そして文化大革命に翻弄されました。しかし、現在は、娘は米国に留学していますし、彼女自身は「好きなようにしゃべれる自由を噛みしめながら、万博で世界中のパビリオンを見たいと思っています」とのことです。
 先崎学・棋士・八段「将棋人口50万『天才棋士誕生』の日」は、中国での日本の将棋ブームの実相を描き、いずれ囲碁と同様、日本は中国にトップの座を奪われるのではと危惧しています。
 嚴義明・弁護士「極貧日本留学生がエリート弁護士になるまで」は、アルバイトで吐血するほど苦労しながら、日本で勉学に励み、その成果を活かした成功譚です。

 しかし、現在、外国人留学生は、中国からの留学生が韓国を抑えて圧倒的に多数ですが、嚴のような苦学生は少なくなってきているようです。中島恵・ジャーナリスト「中国人留学生のしたたかなモラトリアム生活」『中央公論』は、中国人留学生の生活ぶりを紹介しています。必ずしもよい大学に入れるとは限らない遠いアメリカで苦労するよりも、あまり勉強をしなくてもすむ日本で安全・安心な生活を楽しんだほうがよさそうです。日本での体験が有利に働くこともあります。欧米企業でも日本に関連したビジネス案件も多いのです。

 農家に対する戸別補償制度は、民主党の目玉政策の一つです。それに強い異論が提示されています(飯田泰之・駒澤大学准教授×浅川芳裕・月刊『農業経営者』副編集長「『欠乏史観』『敗北史観』に塗れた農政を糺せ」『ボイス』)。浅川は、戸別補償制度は、「農業従事者をまるで農奴のように扱い、赤字の垂れ流しを奨励する制度」とまで言い切っています。永遠に食料は欠乏するものではなく、また、日本の農業は自由化すれば海外に負けてしまうものではない、とのことです。先物取引を導入し、競争原理を働かせるべきなのです。

 50年前、東京大学文学部4年生の女子学生が国会突入デモの最中に亡くなりました。60年安保闘争です。かつての同志たちが共に過ごした青春を語っています(長崎暢子・東京大学名誉教授ほか、司会=江刺昭子・ノンフィクション作家「『聖少女』樺美智子の青春と死」『文藝春秋』)。
 

(文中・敬称略)

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