月刊総合雑誌2010年9月号拾い読み (2010年8月20日・記)
上海万博が開催されています(5月1日から6ヵ月間)。当初見込みの入場者目標7000万人は軽く上回りそうです。朱建栄・東洋学園大学教授「上海万博から見る中国の現在と未来」『世界』は、中国の発展段階と経済社会の動向を万博に読み取り、「内需が拡大し、旺盛な消費が拡大していくに違いない」と断じています。朱によれば、中国に関する日本の報道や研究は、従来の中国像が足かせとなり、「地殻変動を起こしつつある中国の新しい変化への理解を阻害」しているのです。
朱の論考は、「巨大な隣人・中国とともに生きる」と題する特集の中の1篇です。特集巻頭は、行天豊雄・国際通貨研究所理事長「豊かで強い中国とどう向き合うか」です。行天は、中国の高度成長は少なくとも10年は続くとみなしながらも、日本に止まらず、アジアの他の国々も、中国へ不安を抱いていると指摘します。ケ小平が共産主義の「イデオロギー=『倫理性』」を抹殺してしまい、それに替わるイデオロギーを中国は提示していません。アメリカの指導者としてのイデオロギーは明確で、デモクラシー・人権の保護・思想と表現の自由です。だからこそ、アメリカに対して、批判・不満がありながら、指導者として迎え入れるのです。日本は、中国に対し、指導者としてのイデオロギーをインプットすべき立場にあると、行天は強調しています。
松田康博・東京大学准教授「『不確実性』としての中国に向き合う」によれば、「日本が『学びたい』、『仲良くしたい』、『敵にしては損である』と中国や世界に思わせる国であり続けることこそが、最良の対中戦略」とのことです。
樊勇明・上海復旦大学教授「成長パターン転換の大局面に立つ中国経済」や童適平・明治大学特任教授「中国経済の持続成長に何が必要か」が、中国が安定成長に移行する課題に丁寧に取り組んでいます。樊は労働力不足と労使関係の悪化を緊急課題としています。童のそれは、内需促進政策です。
日中関係にとって重要な在中国日本大使に、前・伊藤忠商事相談役の丹羽宇一郎が就任しました。民間出身の在中国大使は、明治以来、二人目だそうです。その丹羽が、『ボイス』で伊藤元重・NIRA理事長/東京大学教授のインタビューに応えています(「“愛国親中”の覚悟で職に臨む」)。今後は、中国と一緒に成長しなくてはならないのであり、そのためにはFTA(自由貿易協定)に近い共同市場も設ける必要があるとのことです。
なお、丹羽の人物評に、有森隆・ジャーナリスト「給料ゼロで丹羽宇一郎伊藤忠商事社長のV字回復」『文藝春秋』、城山英巳・時事通信社記者「民間人登用の波紋とその舞台裏」『中央公論』、江上剛・作家「新・中国大使には期待大」『ボイス』があります。いずれも、経営者として示してきた力量に加え、外交官にない発想・人脈に期待を寄せています。なお、新大使のための補佐体制は、公使や秘書に外務省のチャイナスクール(中国通外交官)のエース級を投入する空前絶後の布陣となりました( 「霞が関コンフィデンシャル」『文藝春秋』)。
古畑康雄・共同通信社記者「人民の芸術家 蒼井そら老師をフォローせよ」『中央公論』は、日本のAV女優蒼井そらのツイッターへのフォロワーが中国で急増している現象を紹介しつつ、中国のネット事情・青年の動向を詳述しています。当局の規制が強化されても、ネットによる言論空間は拡大しているようです。
上の松田が説くように日本を導くには、政治が「ねじれ」すぎているかのようです。まさしく『正論』の特集は「漂流日本、羅針盤はどこにある」です。この特集で、櫻井よしこ・ジャーナリスト「保守よ、党派を超えて救国の隊伍を組め」は、先の参議院選挙で民意が示したのは与党にも野党にも「勝者」を名乗らせないとのことであり、日本が進むべき道は「健全な保守によって導かれる、大々的な政界再編」とし、保守勢力は「小異を捨てて結集すべき」と提唱しています。櫻井は、『ボイス』でも三人(安倍晋三・元内閣総理大臣、平沼赳夫・たちあがれ日本代表、山田宏・日本創新党党首)にインタビューし、持論を展開し、かつ三人から賛同を得ています(「いまこそ新・保守合同のときだ」)。
『中央公論』の特集タイトルは、「漂流」どころか、「政治氷河期」です。加藤紘一・衆議院議員「過半数割れの今こそ大人の政治に向かおう」はそれほど悲観的ではありません。「話し合いの政治に入るしかない」し、かえって安定に向かう可能性ありと分析しています。北岡伸一・東京大学教授「菅民主党の可能性はどこにあるのか」も、加藤と同様、「ねじれ」を常態として対応法を作り出すべきとします。その上で、定数三の中選挙区の導入を提案しています。二大政党は競争できるし、他の政党にも参入の余地があり、有能な議員がはずみで落選してしまうことを防げるとのことです。一方、「政治がダイナミズムを取り戻さない限り見通しは明るくない」と御厨貴・東京大学教授「海図なき日本政治、そして誰もいなくなる」は、心配しています。菅民主党は、脱小沢を図り、昔の自民党に政治の知恵を学び、超党派の協議機関を設けるべきだったとのことです。「(民主党は) 上手にアドバルーンを揚げるべき」なのであり、「明るい将来像を示して政権を運営するべき」とのことです。
藤井裕久・元財務大臣「小沢一郎さん、代表選に立候補しなさい」『文藝春秋』は、鳩山、菅、小沢への思いを縷々語っています。突然の大臣辞任は小沢との確執ではなく、体調不良だったとのことです。秋の民主党代表選には「菅直人さんと、彼に匹敵する人に出ていただきたい」と願っています。
みんなの党は、参議院選で予想以上に大勝し、政局の目となりました。その党代表の実像に迫るのが、佐野眞一・ノンフィクション作家「渡辺喜美 この男を信じていいのか」『文藝春秋』です。渡辺は、サル学者を志望して山野を放浪したり、司法試験に三回挑んだり、多感な青年時代を過ごしています。迷ったときは、父・美智雄の語録を思い起こすそうです。小沢一郎からの美智雄への総理就任の打診が“食言”となった背景にも言及しています。ただし、みんなの党は“小沢フリー”、つまり、もはや「小沢さんはいらない」とのことです。佐野は、みんなの党が瞬間的ブームに終わる可能性をも指摘しています。
菅総理のブレーンたる小野善康・大阪大学教授・内閣府参与が『中央公論』で、総理が提唱する経済政策の方向としての「第三の道」を説明しています(「『第三の道』への11の疑問に答える」)。「生活の質向上・経済の拡大・財政健全化の一体的実現であり、そのカギは人材の活用」です。要諦は「増税で得た財源で国民へのサービスを生む分野の雇用を創出する」ことです。小野は、『世界』にも「増税と雇用創出」を寄せています。小野によれば、雇用を創出すべく政府が支援すべき分野は、環境、介護、保育、健康、観光などです。
9月号は、8月15日の終戦記念日の前後に手に取ることになります。先の大戦にちなんだ企画も目につきました。『正論』は、鈴木貫太郎内閣の書記官長だった迫水久常の講演を掲載しています(「『日本の一番長い日』について思い出すこと」)。昭和20年8月9日深夜の御前会議での「一人でも多くの日本国民を救いたい」との陛下の御聖断で終戦が決まったとのことです。
同趣旨のことを半藤一利・作家は加藤陽子・東京大学教授との『中央公論』での対談( 「昭和天皇はなぜ戦争を選んでしまったのか」)で述べています。半藤は、「(天皇がもし開戦に反対しようものなら)『信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない』と思ったことでしょう」とも述べています。
『ボイス』は「語り継ぐ『戦争と平和』」を特集しています。片山杜秀・慶應義塾大学准教授×小熊英二・慶應義塾大学教授×春日太一・時代劇・映画史研究家「『後世に遺したい』戦争映画&戦争文学30」は、戦争を知らない世代が当時の状況を知るための最適の作品を選択しようとするものです。文学作品には、吉田満の『戦艦大和ノ最期』、大岡昇平の『レイテ戦記』や古山高麗雄の『断作戦』などが上げられています。
第143回芥川賞発表が『文藝春秋』にあり、選評とともに受賞作(赤染晶子「乙女の密告」)が掲載されています。目次の惹句には「アンネ・フランクを密告したのは誰か? 『アンネの日記』を現代に甦らせた意欲作」とあります。受賞作と選評を併読すると現代文学への理解が深まりそうです。
(文中・敬称略) |