月刊総合雑誌2012年5月号拾い読み (2012年4月20日・記)

 『中央公論』の巻頭論文は、岡本行夫・外交評論家「日本盛衰の岐路」です。野田首相に、速やかなTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉参加の決断を迫るものです。農業蘇生の政策は必要ですが、あまりにもTPPに関しては誤解が多いと慨嘆しています。
 「民主党に政権交代を託した有権者は、大きく失望している」と指摘する田中善一郎・東京工業大学名誉教授「マニフェスト総崩れで正当性なき民主政権」『潮』は、「民主党は消費税増税やTPP参加といった重要政策を前面に掲げたマニフェスト選挙を、堂々と国民に問うべきだ」と説いています。
 同じ『潮』では、マニフェストの提唱者である北川正恭・早稲田大学大学院教授は、「選挙で政党を選択する基準は、『国民と契約した約束を守るか』にある」にもかかわらず、民主、自民の二大政党の政治はいまだ利益誘導型で、「支持基盤頼みからの発想から脱却しきれていない」と難じています(「『政党』のあるべき姿が問われている」)。だから地域政党の伸長を招いているのでしょう。
 藤吉雅春とグループ「1984U」「新・日本の自殺」『文藝春秋』は、エコノミスト・官僚・社会心理学者たちによる憂国のグループが描く戦慄のシナリオたる「シミュレーション国家破綻」です。彼らのシナリオに寄れば、国債と円が暴落し、野田内閣から自民・民主の財政再建派と「大阪維新の会」の連合内閣(首相は橋下徹、財務大臣は小泉純一郎)に政権交代します。消費税率30%、公務員数50%カット、年金40%カットを打ち出すのですが、2014年7月には橋下内閣も崩壊寸前に追い込まれてしまうとのことです。

 上記でも想定できるように、先月号に続いて、知事から市長に転じた橋下徹・大阪市長と彼の率いる「大阪維新の会」の動きについての論考が数多くあります。
 『ボイス』の「総力特集」は「橋下徹に日本の改革を委ねよ!」です。
 大前研一・経営コンサルタント「『全国一律に』から訣別するとき」は、橋下の参院廃止論や反原発には疑問を呈しつつも、「大阪都」のビジョンを評価しています。大阪を「特区」とし、「ヒト・モノ・カネ」を委譲すれば、経済は繁栄し、世界から企業が進出してくる可能性もあるとのことです。もちろん他の地域も「特区」となることを望むようになりますし、「大阪都」に止まることなく、「関西都」や「関西道」をも期待できるとのことです。
 山田宏・日本創新党党首「彼の政治手法は『独裁』とは対極だ」は、そのタイトルどおり、「独裁」「ポピュリスト」との橋下への批判は的外れだと橋下の物事の進め方を例示しています。橋下の目標の統治機構の改革を高く評価し、「日本再生には大阪維新の会の力が必ず必要となってくる。今後、必ず国の運命を左右する存在になることだろう」と結んでいます。
 大阪府知事であり、大阪維新の会の幹事長たる松井一郎もインタビューに答え、「総力特集」に登場しています(「“大阪維新”を国でも起こす」)。新たに施行することになった知事の教育への関与を強める府教育行政基本条例、校長の権限強化や保護者の学校運営参加を定める府立学校条例は、グローバル時代に必要な教育を実現するためだそうです。また公務員の世界でまかり通っている民間から見ての非常識を排するため職員基本条例をも施行したとのことです。「地方交付税をなくしてくれといっているのは、私と橋下市長くらいなのではないでしょうか」と、大阪での改革を国全体の改革につなげたいと意気込んでいます。

 『中央公論』も「徹底解剖 橋下 徹」を特集しています。
 東照二・立命館大学大学院教授「橋下語の魔力を読み解く」は、言語力を中心に話題の政治家の人気の源を検証しています。橋下のことばの特徴は、丁寧なフォーマルな形を基調としながら、インフォーマルで日常的・会話的なことばをスイッチ(交換)しながら使うことにあるのです。「私たちのことば」によって、聞き手に一体感・共感をもたらすのです。また「私たちのことば」で語られるのは、政策ではなく、政策の底に流れる価値観・道徳観です。現在の橋下は「厳格な兄」です。しかし、将来、「他者に対する尊敬、配慮、保護、養育、慈愛」をもった「優しい兄(姉)」が登場したとき、または、その必要性に国民が気づいたとき、「橋下の人気に一気に陰り」がみえてくる可能性ありと予見しています。
 「財政規律を強め、再建への土台は築いた」が「その土台はもろく不安定な地盤の上にある」と、祝迫博・読売新聞大阪社会部記者「大阪府知事、四年間の通信簿」は分析し、「次から次に、戦う対象やステージを設定する」手法の前途に危うさを見ています。
 森功・ノンフィクション作家「“老人キラー”の恐るべき人脈術」は橋下の人脈を「堺屋太一を中心とする脱藩官僚組、松井一郎(府知事)たち元自民党の地方議員、さらに上山(信一・慶應大学教授)や橋爪(紳也・大阪府立大学教授)らの市政改革学者組、そして中央、地方の政界からのすり寄り組」に分類しています。森の結論は、ここまで人脈を広げることができたのは、「利用できる味方を片っ端から受け入れてきたからではないだろうか。政策に対するこだわりがなく、自由自在に変質する。それが橋下流人脈形成術のように思えてならない」です。だとすると現段階での橋下評価は暫定的にならざるをえないでしょう。
 まさしく評価は暫定的でしかできないとするのが、『中央公論』の特集外にある北岡伸一・政策研究大学院大学教授「大阪維新の会『船中八策』を読む」です。憲法改正要件の緩和(国会の発議を二分の一にする)、首相公選制、参議院廃止などは評価しつつ、消費税や歴史問題に言及がないのも、また原発稼働再開反対が気になるとのことです。北岡によれば、「おおむね健全な政策であっても、油断はできない」のです。「政治家の主張は変わりやすいもの」だからです。

 『正論』も、「[徹底検証]大阪維新の会は本物か」を編んでいます。『ボイス』に寄稿している山田宏・日本創新党党首は、大阪市特別顧問に就任したとのことでインタビューに応じ(「平成の『龍馬伝』がはじまった」)、政界大再編と保守派の大同団結を訴えています。龍馬が説いたような「せんたく」が必要であり、橋下たちにより、その作業が始まったかのようです。
 山田と正反対にあるのが、適菜収・哲学者「橋下徹は『保守』ではない!」です。「『日本の国を一からリセットする』といった破壊主義と設計主義は典型的な左翼の発想」とし、「文明社会の敵」と断定しています。橋下の手法は、小泉元首相の挑発的言動やワンフレーズ・ポリティクスを踏襲したもので、マスメディアの利用にたけ、「B層(近代的理念を妄信する馬鹿)」の扱いにたけたデマゴーグだと酷評しています。
 佐藤孝弘・評論家「日本よ、『保守する』ことを学べ」は、上の北岡同様、評価は暫定的です。「維新八策」の内容は「粗い」し、このままでは政権を担うことができるか心もとないし、政策の具体的な提示を待って、橋本の本質を見抜かなければならない、とのことです。

 大阪で進行している教育に関する改革に、藤田英典・共栄大学教授「政治は教育現場に何をもたらしたか」『世界』は、「(教育の)中立性や安定性が損なわれる危険性が十分にある」と異を唱えています。
 藤田の論考は、「特集 教育に政治が介入するとき」の一環です。同特集は、「大阪の『教育改革』批判」とのサブタイトルが付してあり、石原慎太郎・知事の下の東京では「教師の管理・統制強化と競争主義の導入が図られた結果」、「教師同士の助け合い・協働性が失われ、教師は孤立し疲弊し、精神疾患が激増するようになった」、「いま、その危険な政治介入が大阪で始まろうとしている」との警鐘を鳴らす意図で編まれたものです。
 他に、尾木直樹・教育評論家×土肥信雄・元都立三鷹高校校長「学校を死なせないために」、中嶋哲彦・名古屋大学大学院教授「収奪と排除の教育改革―大阪府における私立高校無償化の本質」、小川正人・放送大学教授「教育委員会は再生できるか」、西原博史・早稲田大学教授「最高裁『君が代』処分違法判決をどうみるか」などがあります。いずれも特集の意図どおり、首長の教育への介入に反対するものです。
 

(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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