月刊総合雑誌2012年8月号拾い読み (2012年7月20日・記)
石原慎太郎・東京都知事が尖閣諸島購入計画を4月下旬に表明し、在日中国大使館の李春光・一等書記官のスパイ疑惑が5月下旬から6月にかけて報じられたこともあり、7月初旬に店頭に並んだ各誌8月号は中国関連に紙幅を多く割いていました。
『正論』の特集は「中国が狙っている」です。巻頭は、櫻井よしこ・ジャーナリスト「丹羽さん、国を売るのはおやめなさい」です。丹羽宇一郎・在中国日本大使の石原知事の尖閣諸島購入計画についてや中国要人との会談のおりの発言を問題にし、さらに国を代表する大使としての資質を問うています。丹羽大使は、上の購入計画が「実行されれば、日中関係に重大な危機をもたらす」と発言し、さらに計画を支持する日本国民が多い現状に関し、「日本の国民感情はおかしい」「日本は変わった国なんですよ」と述べたとのことです。櫻井は、直ちに大使を更迭せよとの声が澎湃と湧き起こってこないことをも慨嘆しています。
中西輝政・京都大学名誉教授「『書記官事件』で隠される中国諜報の本当の脅威」は、中国書記官は謀略・秘密工作に従事していたのであり、日本の環太平洋経済連携協定(TPP)参加を阻止しようとしたのではないかと推察しています。今回の事件は、ラストロヴォフ事件(54年)、レフチェンコ事件(82年)と並ぶ戦後日本の三大諜報事件として位置づけられるべきと結論づけています。
さらに『正論』には、大森義夫・元内閣情報調査室長による「かくて国家機密は流出せり」があり、大使を含め政府要人たちが中国式接遇術にはまる危険を説いています。
中西輝政は、『文藝春秋』には「尖閣問題 丹羽大使の妄言を糺す」を寄稿しています。丹羽大使は二つの点で立場を放擲しているのです。まず、日中間に領土問題があると認めてしまったこと、次に「深刻な危機をもたらす」との表現は外交用語としては、本来、戦争ないし武力衝突を意味するもので、きわめて不穏当なのです。丹羽大使を任命した民主党政権の責任は大きく、即刻更迭すべきとなります。尖閣諸島に日本が正式に公共施設・監視施設の建設すべき、常駐する公務員を派遣すべきと提言しています。
『ボイス』は「総力特集 中国に押され続ける日本」を編んでいます。
この総力特集には、「特別寄稿」として、中西輝政は「日本人ほど中国を知らない国民はいない」を寄せています。ここでも、中西は、中国書記官のスパイ疑惑を戦後日本の三大諜報事件の一つとし、尖閣への自由な渡航を求め、かつ丹羽大使の更迭を求めています。「(日本が自国民の尖閣への)自由な渡航を禁止はしているのは自国領土でないからだ」と中国が今後主張してくる可能性があり、また、丹羽大使がその位置にとどまり続ければ、大使の発言のとおり日本が政策転換(尖閣放棄)したことになる、と危惧しているのです。また、6月1日に開始された日中間の貿易決済に人民元と円を直接交換する為替取引は国際秩序の根底を揺るがしかねない、と指摘しています。中西によれば、通貨政策と日米同盟に依拠している日本の安全保障政策とが完全に乖離することを意味するのです。
岡崎久彦・岡崎研究所所長×西村繁樹・元防衛大学校教授「“東アジアの自由の砦”台湾を日米協力で死守せよ」では、タイトルどおり、岡崎が「日米の防衛戦略は、究極的には台湾を守る戦略であるべき」、「これからは日本は、もう日米中ということは考えないで、すべて日米同盟対中国という戦略で考えていくこと」と力説しています。
東京都が開設した尖閣諸島購入のための寄付金口座には金額にして12億円以上が集まりましたが、猪瀬直樹・東京都副知事は、インターネット発の動きで、1万円の寄付が多い、と飯田泰之・駒澤大学准教授との対談(「国がやらないから東京都が尖閣を守る」)で説明しています。両者は、「(石原知事は)最後の元老」であり、存在感が高まっていると謳いあげています。猪瀬は、消費税・社会保障政策改革を例にあげ、「とにかく日本政府は意思決定できない」ので、「東京都の尖閣諸島購入に支持が集まるのです」と自賛しています。
実は、国土の半分が「持ち主不明」なので、早急に地籍調査すべき、と有本香・ジャーナリスト「土地は買われても『実効支配』は許すな」は訴えています。また、国境付近、安全保障上重要な場所、水源地については、売買・私有自体を制限すべきだとのことです。
小谷賢・防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官「『李春光スパイ疑惑事件』は氷山の一角だ」は、中国のスパイ活動の巧妙さをあげ、日本の秘密保護制度やカウンター・インテリジェンスの不備の改善を求めています。
ここで『ボイス』から離れます。
麻生幾・作家「中国スパイ摘発 『報復』の標的」『文藝春秋』は、中国書記官の人脈ネットワークが中国の原子力潜水艦のノイズ除去技術情報取得作戦に利用されないよう未然に防いだのであり、それに対し、在中国の日本大使館幹部をターゲットとしての中国による報復の可能性があると予見しています。
「スパイ天国ニッポン!?」が『中央公論』の特集のタイトルです。
小谷賢は、黒井文太郎・ジャーナリストとの対談(「日本ほど盗みやすい国はない」)に登場しています。黒井は「金目当ての小物が起こした、しょうもない事件」としつつも、中国人はじめ多くが日本で手広く情報を収集している現実に目を向けるべきだと問題提起しています。小谷は『ボイス』でと同様、中国の巧妙さを説明し、さらに、「民間人を含めて広く浅く、人海戦術でくるから、押さえようがない」と応じています。
「防衛機密など特別に定められたものを除き、秘密を漏らして国益を損ねたとしても、公務員でなければなんら罪に問われない」現状を問題視し、防諜と対外情報収集に関する法の整備の必要性を、石破茂・自民党衆議院議員「国家機密の耐えられない軽さ」が強く訴えています。
佐藤優・作家・元外務省主任分析官「不良外交官まで活用する中国」は、書記官の行動はあまりに稚拙であり、「日本政府の秘密情報の収集に関心を示していなかったことは事実」で、スパイではないと分析しています。「不正蓄財を行うような強欲な不良外交官であっても、国家のために最大限活用する中国インテリジェンスの独自文化」が露呈したのだそうです。
豊下楢彦・関西学院大学教授「『尖閣購入』問題の陥穽」『世界』によれば、尖閣諸島を構成する主要な五つの島嶼のうち、国有地である1島と、都が購入予定の民有地の4島のうちの1島が、つまり2島が、中国名を冠して「射爆撃場」として米海軍に供されているのです。しかも、日本人立ち入り禁止の区域となっているのが、「紛うことなき尖閣の現実」とのことです。しかし、30年以上、訓練場として使用されていません。にもかかわらず、日本に返還されていないのです。北方領土問題でも、日本・ソ連間の紛争状態を永続化させたほうが米国にメリットがあるとの判断が働き、「あいまい」戦略をとった米国が、尖閣でも同様な戦略をとったのだ、「沖縄返還に際して日中間にあえて紛争の火種を残し、米軍のプレゼンスを確保しようとする狙いがあった」と豊下は論じています。
衆院本会議での消費税増税法案記名採決による政治変動を、赤坂太郎「小沢一郎 コップの中の『戦争』」『文藝春秋』が詳述しています。小沢とそのグル―プの前途は厳しいものになりそうです。野中尚人・政治学者「さようなら、小沢一郎」『中央公論』は、「小沢一郎氏の時代はこれで名実ともに終わることになる」と断言しています。
「二十歳以上で五十九歳以下の在学中でない未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が家族以外に一切いなかった人々」という「孤立無業者=SNEP(スネップ)」が増加(2006年で106.6万人)していると、玄田有史・東京大学教授「SNEPの危険な現実」『中央公論』が、研究成果を発表しています。彼らはテレビと睡眠に時間を費やすだけで、就職活動にも熱心ではありません。生活保護受給者の増加の一因ともなっています。増加に歯止めをかけるには、訪問支援(アウトリーチ)が必要です。公的プログラム策定や人材育成のための予算措置を玄田は求めています。
(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時) |