月刊総合雑誌2012年11月号拾い読み (2012年10月20日・記)

 9月中旬、野田政権による尖閣諸島国有化に対する抗議デモが中国各地で行われました。柳条湖事件の日の9月18日、四川省成都市では、中国全土で最大のデモが展開されました。夕方6時近くまで5時間以上続いた2万人のデモについて、森功・ノンフィクションライター「最大の反日デモに潜入した」『文藝春秋』が報告しています。中国政府による「官製デモ」説があります。森も、デモの規模や行進路を公安当局が「自在にコントロールするのは難しくないかもしれない」とします。しかし、「中国政府は反日の民衆という大きな爆弾を操り、日本を脅かしている。それがすさまじい脅威となる」のです。森は、現地の日系企業の責任者の不安・嘆きを紹介し、「日中両政府に根本的な解決策がない以上、暴徒と化す反日デモはこれからも繰り返されるに違いない」と結んでいます。

 福島香織・ジャーナリスト「反日デモで決壊する中国」『ボイス』は、「中央政府の意を受けた“官製デモ”だった」と断じています。ただし、中央政府は暴徒化するまでは想定したかは定かではなく、制御しきれない部分があるからこそ、日本に対する強烈な圧力となるのです。「(中央政府は)ナショナリズムの高揚で国内の不安定さや脆弱さをごまかすといういまの方法を、いっそう積極的に続ける」可能性があるとし、「中国は内部瓦解リスクと対日暴発リスクの二重の危うさをはらむ、やっかいな隣人となる」と予想しています。

 東京都による尖閣諸島買い上げを打ち上げ、問題の発端を作った石原慎太郎・作家・東京都知事は、『文藝春秋』に「世界に堂々と理非を問え」を寄せ、「『尖閣を犠牲にしてまで経済的利益を守ろうとは思わない』と宣言すべき」だとし、「日本が『寄らば斬るぞ』の気概を示すことが、重要なのだ。シナの工作船が領海侵犯してきたら、敵の常套手段である体当たり攻撃に対抗して、そのための特殊船を造ってこちらもぶつけていったらいい」とまで、言い切っています。
 「安倍さんと日本を建て直す」『文藝春秋』は、自民党総裁選で圧倒的に党員投票では支持された石破茂・自民党幹事長によるものです。尖閣関連の喫緊の課題として、「実効支配をさらに強めていくことが必要だ。日本の漁業者の安全を確保するために漁船の待避施設を整備する、桟橋やヘリポートを建設するなど、様々な案を検討すべきであり、環境保護などの視点も重要だろう」とのことです。

 佐藤優・作家・元外務省主任分析官「ルール変更を狙う中国の思惑」『中央公論』が事態悪化の原因の解明に努めています。国は、都が購入し現状を変化させることを阻止すべく、「尖閣諸島の取得・保有」をしようとしたのです。「国有化」との表現は避けていたのです。社会主義国である中国では、「国有化」となれば、国家の関与が強化されるとの意味を持つからです。しかし、一貫して中国は現状維持を望んでいたのです。その旨を、9月9日、ウラジオストクで胡錦濤・中国国家主席が立ち話でしたが、野田首相に伝えたのです。しかるに、翌10日に日本政府は関係閣僚会合を開き、尖閣諸島の購入を決定し、11日に購入と政府による管理を閣議決定したのです。中国からすれば、国家元首の面子がつぶされてしまったのです。
 中国がいかなる現状の変更に反対する理由は、両国間に尖閣諸島をめぐる領有権問題は「棚上げする」合意があったとするからです。それに対し、日本側の公式見解は、そのような合意はなかったとするものです。佐藤は、宮本雄二・元中国大使の言などを紹介し、「棚上げ論」が事実上存在したとします。

 孫崎享・元外務省国際情報局長「尖閣問題 日本の誤解」『世界』は、「一九七二年に周恩来首相と田中角栄首相との間で、一九七八年にケ小平副首相と園田直外務大臣との間で、棚上げするという合意があった」と断言しています。それぞれ国交正常化と平和友好条約締結の時点です。なお、棚上げは、両国が主権を主張することを前提にしています。紛争を防ぐ手段として棚上げを提示しているのです。ちなみに、この合意は、孫崎によれば、次の三点からきわめて日本に有利なのです。「@日本に管轄権を認める A軍事力でこの現状を変えないことを意味する B実効支配を継続することは領有権の判断にプラスに働く」。孫崎は、「棚上げの合意を守ることが日本の国益に合致する。尖閣諸島問題の解決は何よりもまず、棚上げの利点を認識し、一日も早く、この政策を打ち出すことである」と提言しています。

 『世界』では、中江要介・元中国大使「ともに築き上げた平和と友好を踏みにじってはならない」が、「『愛国』『憂国』の士を気取り、挑発的な言辞で中国や中国人を批判したり、非難したりしてきた石原都知事は、自らの言動がどれだけ日中関係を傷つけ、日本に不利益を与えているかを、考えたことはあるのだろうか」とし、さらに「自分は『先進国』だと思い上がり、相手を『後進国』だと見下すような傲慢な態度が一番品格を欠く。その典型例が時折、石原都知事に見られる」とし、「外交の未熟さ以前に、政治家の未成熟がより問題なのではなかろうか」と、熱く説いています。

 朱建栄・東洋学園大学教授「中国側から見た『尖閣問題』」『世界』が、日本側が「棚上げ」を完全に無視し、「フリーハンド」を握ることを企図しているのではとの深刻な危機感を中国側が持つにいたった経緯を記しています。また、「尖閣諸島(中国名=釣魚島)は日本固有の領土であり領土問題はない」とする日本側の主張に対し、中国側は「歴史的に見ても国際法的にも釣魚島は中国のもので、日本に不当に『窃取』された」と思っているのです。その論拠を丁寧に上げています。両国の認識に対立があるからこその「棚上げ」だったのです。朱は、「主権問題に触れずに共同開発する方法、さらに視点を変えて、ともに主権をいったん凍結し、尖閣諸島の運用を両国の観光部門に委ね、東アジアの一大観光地にすること」などをも検討すべきと提案しています。

 なお、中西輝政・京都大学名誉教授×春名幹男・早稲田大学大学院客員教授×佐藤優・作家・元外務省主任分析官×宮家邦彦・キャノングローバル戦略研究所研究主幹「日中文明の衝突」『文藝春秋』でも、「暗黙の了解」としての「棚上げ」があったと宮本雄二・元中国大使が認めたと春名が指摘しています。今後は、中西によれば、「国有化の撤回はあり得ない」し、「領土交渉のテーブルにはつかない」が、「国際社会へ向かっては、領有権以外のことなどでは話し合いには応じる用意がある」とアピールすべきなのです。宮家によれば、「海上での事故防止といった個別のテーマを前面に出して、領有権や領土問題といった議論に立ち入らないようにする枠組みづくりが重要」になってくるようです。佐藤は、領土問題は存在しないとせず、いかなる問題も中国と話し合うとの意向を表明し、「そのかわり、話し合いの間は、中国側は絶対尖閣に上陸しない、日本の領海内に立ち入らない」といったルール作りをすべきだと力説しています。

 五百旗頭真・政治学者・歴史学者「日本の領土問題を読み解く」『潮』は、「『専守防衛』の範囲で『尖閣を簡単には奪えませんよ』というメッセージ」を中国に伝えながらも、「日米同盟」と「日中協商」という二つの軸を堅持することが、「二十一世紀日本の生存と繁栄の基盤」としています。

 韓国との間では、竹島問題と「慰安婦」問題があります。坂本義和・東京大学名誉教授「歴史的責任への意識が問われている」『世界』によれば、「日本が先ず、『慰安婦』問題について国際社会に認められる謝罪と補償を行なうことを韓国に確約し、それを国際的にアピールし、その上で竹島問題の(国際司法裁判所への)共同提訴を呼びかけるべき」なのです。「東アジア共同体」形成にとって日韓の協力が不可欠だからです。
 その東アジアでの中国の興隆には、言うまでもなく、目覚ましいものがあります。この問題に外国特派員座談会(司会=会田弘継・共同通信論説委員長)「中国抜きで中国を語ろう」『中央公論』が取り組んでいます。各国の特派員が異口同音に問題視するのは、日本の不安定な政治であり、弱体化、指導力の弱さです。そういう日本に対する失望感すら、各国は有しているのです。東アジアの安定のためには、小国の間には不信感など様々な事情があるため、米中間の取り決めの作成から着手すべきとのことです。日本も、小国の一つというわけです。前途多難としか形容しようがありません。
 

(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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