月刊総合雑誌2015年3月号拾い読み (記・2015年2月20日)
「イスラム国」による日本人人質事件は衝撃的でした。丸谷元人・ジャーナリスト「『イスラム過激派』の闇」『ボイス』は、突如として現れた組織の怪に迫ろうとしますが、資金の出所や後方支援を誰が担っているのかは、解明できないようです。しかし、日本にとって遠い国の出来事ではなくなっています。ただし、安倍首相の中東歴訪とそのさいの発言がよくなかったと一部で論じられていますが、「それこそイスラム過激派の思うツボだ」、「プロパガンダに悪用される危険性がある」と、高岡豊・中東調査会上席研究員「西側メディアが増幅させた『イスラム国』の脅威」『中央公論』は言います。高岡によれば、宗教・思想・文明などとは無関係なテロ組織とみなすべきなのです。
佐藤優・作家・元外務省主任分析官も、『文藝春秋』での池上彰・ジャーナリストとの対談(「イスラム国との『新・戦争論』」)で、日本政府の対応には全く問題なかったと説いています。問題なのは、「(イスラム国は)人類の普遍的価値観に反する論理を世界に強要する」、つまり「革命の輸出」を行っていることです。日本政府が人道支援をやるということは、彼らからすれば敵対行為となり、日本も「戦争の当事者」となってしまうのです。
佐藤は、宮家邦彦・外交政策研究所代表と、『中央公論』(「邦人殺害、仏紙襲撃が預言する21世紀の火種」)と『ボイス』(「ユーラシアの地政学」)でも対談しています。佐藤は、『中央公論』では、「(イスラム国は)そもそも対話が成立する相手ではない」、「イスラムに対する揶揄や批判を止めたら、テロは起きないのではないか」と想定するのは誤りと分析しています。一方で、欧州で、眠っていた排外主義が活性化することを懸念しています。日本は、排外主義ときっぱりと線を引く必要があります。『ボイス』では、ロシア、韓国、中国への日本の戦略を論じ、地政学的視点の必要性を、宮家とともに強調しています。宮家は、「日本にとって中央アジアの戦略的価値はいっそう増大する」と指摘しています。
鹿島茂・明治大学教授×森千香子・一橋大学准教授「パリ風刺画テロの背後にイスラム移民」『文藝春秋』は、フランスでの表現の自由を解説しています。思想家たちにとり、最大の敵は王制でなく、キリスト教(カトリック)だったのです。「言論の自由とは、宗教からの自由」です。ですから、森が紹介するように、「(フランス人にとっては)カトリックを批判してきたのだからイスラム教への風刺も止めるべきではない」ことになります。フランスの全人口の20%と上るという移民に関連しては、フランスには特異な事情があります。鹿島の説明によりますと、「フランスは一つにして不可分」であり、移民は、必ずフランス語を習得し、法律は絶対に守らなくてはなりません。「フランスに来た以上、フランス人にならなければいけない。祖国の風俗習慣を保ちつつ、フランスにいることは許されない」のです。さらに、「ライシテの原則」があります。いかなる宗教を信じようがかまいませんが、教育の現場や政治の機関など公共の場では、一切許されません。それがイスラム教徒の女子が公立学校にイスラム式のスカーフを着用して登校することを禁ずることになり、信仰の自由を抑圧することになっています。さらに、貧困の問題などもからみます。
渡邊啓貴・東京外国語大学国際関係研究所長「『西欧の没落』と社会統合の失敗」『ボイス』は、上の鹿島や森と問題意識を一にしています。パリで起こった連続テロ事件は、「社会統合の綻びと深く結び付いている」のであり、日本人人質殺害事件とともに、「欧米中心の世界秩序への挑戦」と説いています。さらに、「大都市郊外の移民地区で育ち、社会適合できない非行少年が原理主義行動派と結び付いていくなかで、社会不満をテロのかたちで表現した結果」であり、「社会の病理の表出であり、ヨーロッパ社会全体が直面する根の深い社会現象になりつつあるのかもしれない」とも述べています。フランス社会は、「現実には多文化社会でありながら、文化の多元主義を容認する法的規律はない」ようです。
新浪剛史・経済財政諮問会議民間議員「医療費の地域間格差に切り込め」『中央公論』は、「社会保障と税の一体改革」に関連して、医療費のムダの解消を提唱しています。都道府県別1人当たり実績医療費をみると、最高の高知県は最低の千葉県の1.6倍にもなっています。入院偏重の医療体制に起因しています。このビジネスモデルの是正、予防医療の充実、健診面での規制緩和などを求めています。
1月末に来日したフランスの経済学者のトマ・ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)は700頁を超える学術書ですが、10万部を超えるベストセラーとなっています。同書を、飯田泰之・明治大学准教授「社会の安定に基づく再分配政策を」『ボイス』が取り上げています。ピケティの主張は、格差・不平等の是正であり、格差の原因が資産の偏在であるならば、資産に課税しなくてはなりません。ただし、その実施には、各国の再分配政策を見直す必要があります。飯田は、「今後の研究の進展を期待したい」と結んでいます。
『ボイス』には、ピケティの著書を翻訳した山形浩生・評論家兼業サラリーマンによる「『21世紀の資本』のパワー」もあります。山形によれば、ピケティの大部の書を簡単にまとめると、「資本に数%の税金をかければ格差増大の力が相殺される」ことになります。ただし、1年単位の政策談義に資するものではなく、格差についての数十年、数世紀単位の大くくりの議論、とのことです。多くの論者は、自らの主張に会うような部分だけを取り出し、利用しがちです。同書は、融通無碍な使われ方を許容してしまうのです。また、安倍政権の経済政策が完璧とは言えません。かと言って、アベノミクスを否定はしていないとのことです。
神谷秀樹・投資銀行家「円安で日本は世界二十七位に転落した」『文藝春秋』は、安倍政権と黒田日銀によって、円相場が「五割」切り下がったのを、「五割貧乏になった」と捉えるべきで、「円高是正はアベノミクスの成果」と喜ぶべきではないと主張しています。日本は、2013年の一人当たりGDPが世界24位、購買力平価で27位、もはや豊かな国とは言えません。金融改革などに頼らず、教育の拡充、研究開発の深化などによる「新たな経済価値の創造」が求められています。
齋藤進・三極経済研究所代表取締役「世界経済の急変に備えよ」『ボイス』もアベノミクスに否定的です。現政府は景気浮揚と財政健全化を同時に追っているが、それは「二兎を追う者は一兎も得ず」ことになる、先に景気・雇用の安定を確保しなければならないと力説しています。
牛尾治朗・ウシオ電機会長/茂木友三郎・キッコーマン名誉会長/佐々木毅・元東京大学総長「戦後七十年の疲労 今こそ『第四の矢』が必要だ」『文藝春秋』は、戦後の日本社会に対する必要以上の幻想、「余剰幻想」からの脱却を求めています。日本は制度疲労を起こしているのであり、三つの提言をしています。定年制の見直し、情報革命による抜本的歳出削減、参議院の見直しを含めた政治制度の整理です。なお、牛尾は、『ボイス』にも、柳川範之・東京大学大学院教授と連名で「75歳まで納税者になれる社会へ」を寄せ、定年制は年齢差別であるとし、アメリカと同様の「エイジフリー」社会を提唱しています。
高橋利行・政治評論家「衆参ダブル選の陥穽」『ボイス』は、2016年の「衆参ダブル選」での自民党議席増は確実ではないと予見しています。ただ、参院選で自民勝利となれば、安倍首相は「長期政権」の夢を語り始めることができるだろうとのことです。竹中治堅・政策研究大学院大学教授「国会を動かしているのは誰か」『中央公論』は、「自民一強」「安倍一強」と評価される状況になっても、安倍首相の指導力には制限がある、政策立案は制約されると指摘しています。内閣が国会の議事運営を決める権限を持っていないし、参議院の権限が大きいからです。選挙制度や行政制度の改革がなされてきましたが、今後は参議院を含め国会制度の改革が必要とのことです。菅原琢・政治学者「中道路線で民主党再建は可能か」『ボイス』は、日本の政党、とくに民主党の課題は、棄権層をいかに取り込むかで、中道路線の強調では無力だとし、経済、社会保障制度など、人びとの生活に近い政策について、問題・論点を掘り起こしていくべきだと説いています。
『文藝春秋』には、第152回芥川賞発表(受賞作=小野正嗣「九年前の祈り」)がありました。また、『中央公論』では、「新書大賞2015」の発表(増田寛也編著『地方消滅』中公新書)がありました。
(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時) |