月刊総合雑誌2015年4月号拾い読み (記・2015年3月20日)
徳岡孝夫・ジャーナリストは、「『イスラム国』が出てきたからというもの、私は、戦争というものがわからなくなりました」と、半藤一利・作家との『文藝春秋』での対談(「『見たことのない戦争』が始まった」)の冒頭で吐露しています。インターネットで非情にも殺人の映像を流すのは新しい戦争のイデオロギーであり、宣戦布告も、戦場もない、未経験の戦争だというのです。半藤によれば、「イスラム国」は、単なるテロ集団でなく、グローバル化・多極化した世界を熟知し、最新のテクノロジーを駆使する技術・組織があります。彼らの仕掛けているのは、国家間の戦争でなく、敵・味方の境界線すらなく、きわめて危険性が高いのです。
重信メイ・ジャーナリスト「重信房子の娘が見たISIS支配の恐怖」『文藝春秋』によりますと、「イスラム国」という名称では、「イスラームという宗教がテロを行う怖い宗教」との誤ったイメージを伝えかねないので、ISISとの略称を使うとのことです。レバノン、シリアでは、一般的には、「イスラム的」とすら感じられていず、政治的な目的を持った武装集団と認識されているとのことです。
ISISではなく、ISILと表記する場合もあります。曽野綾子・作家との対談(「ISILと政府なき世界」『ボイス』)で、笈川博一・元杏林大学教授は、アラブ社会では国家という単位の下に部族という確固たる集団単位があり、彼らは国家より部族を重視し、国家よりも上位概念にアラブがあり、さらに上にイスラムがあるのだ、と説明しています。つまり、国家の「『天井』と『床』が抜けてしまっている。だから国家が機能しない」とのことです。
中島岳志・北海道大学准教授「若者はなぜテロリストになるのか」『文藝春秋』は、かつての日本の「超国家主義」と「イスラーム国」の類似を指摘し、疎外や孤独から逃れようとしたとき、若者が参加する可能性があると危惧しています。
日高義樹・ハドソン研究所首席研究員「三つ目の戦争に陥ったアメリカ」『ボイス』は、「イラク勝利の後始末を放り出し、アフガニスタンでの戦争を始めるなど、中東全体での包括的な戦略のないまま軍事行動を続けて、ついには中東で三つ目の戦争に入り込んでしまった」とオバマ大統領を責めます。「当面の最大の課題であるISISの武装勢力を軍事大国としてのアメリカが処理できなければ、今後中東だけではなく世界全体が大混乱に巻き込まれる」と警鐘を鳴らしています。
一方、池内恵・東京大学准教授×中山俊宏・慶應義塾大学教授×細谷雄一・慶應義塾大学教授「『イスラム国』が映し出した欧州普遍主義の終焉」『中央公論』で、中山は、アメリカの過剰反応が負のサイクルを生み出さないよう、「賢明に退く」との発想がオバマ外交の核心にあると分析しています。「イスラム国」は、アメリカが出てきてくれたほうが、「正統性」がかえって明白になるのです。細谷は、戦後70年の今年、「理想的な『ヨーロッパモデル』が綻びる、象徴的な年になるのではないか」と予見しています。ギリシャ問題・ユーロ危機などの経済的な問題と、移民に寛容な社会・多文化主義の行詰り、テロ事件への対応などの社会的問題からです。池内によれば、イスラム過激派は、権力者の腐敗・政治対話の不在・部族間問題など、イスラム教徒の社会で生じている問題を、「異教徒の世界支配が悪い」として国際問題化することによって存在意義を見出しているのです。「イデオロギーの戦いなのだ」と理解すべきと、池内は強調しています。
高岡豊・中東調査会上席研究員は、宮家邦彦・外交政策研究所代表との対談(「いま日本にできること」『中央公論』)で、「イスラム国」は単なるテロ組織であり、動画サイトでカネと人を集め、収奪によって資源を確保していますが、そろそろ収奪も限界にあり、勢力は縮小傾向にあると見立てています。
『中央公論』は、「ピケティの罠」を特集しています。
著書『21世紀の資本』で、世界的なスターとなったトマ・ピケティの主張を、広瀬英治・読売新聞ニューヨーク支局長「早わかり『21世紀の資本』」は簡略に紹介しています。ピケティは、資本主義のもとでは富の格差が拡大するので、拡大を抑制する仕組みが必要であり、極端な富裕層には高率の累進課税を課すべきだと主張している、とのことです。「格差拡大の根本的力」は、r>gなのです。つまり、資産家が資産をもとに儲けを出す割合・資本収益率(r)は、昇給の速さに影響する経済成長率(g)より大きいから、というのです。
猪木武徳・青山学院大学特任教授「『21世紀の資本』が問う読み手の『知』」は、日本では、「ピケティのいう『資本』の増加と収益率の高位安定、そして富の集中という変量の連関を想定することは難しい」とし、「一国内でさえ困難を極める財産税が、グローバルに実現できるとは到底思えない」と異を唱えています。
大竹文雄・大阪大学教授×森口千晶・一橋大学教授・スタンフォード大学客員教授「なぜ日本で格差をめぐる議論が盛り上がるのか」は、それほど格差が広がっていない日本で、ピケッティの本が売れ、格差をめぐる論議が盛り上がる理由を明らかにしようとしています。森口は、日本社会は格差に対する許容度が低いと指摘しています。大竹によりますと、「日本人もアメリカ人も、努力や選択に基づく格差はOKなのですが、生まれつきの才能に基づく格差は日本人はNOで、アメリカ人はOK。学歴による格差も日本人はNOで、アメリカ人はOK」なのです。格差拡大を拡げないためにと、傑出した才能に見合った報酬を与えないと、トップクラスの人材が日本からアメリカに流出する可能性が高くなると、森口は心配しています。
竹森俊平・慶應義塾大学教授「ピケティ神話を剥ぐ」は、「ピケッティは、住宅を中心とした『資産』と、生産のための『資本ストック』とを混同したために見当はずれの議論を展開した」と論難しています。
原田泰・早稲田大学教授・東京財団上席研究員「格差の原因は『資産』だけではない」も、「資本だけに焦点を当てた議論では、考えるべき政策課題を限定しすぎてしまうのではないか」と批判的です。
さらに、マーティン・フェルドシュタイン・ハーバード大学教授「税金データからの推計には限界がある」、クリス・ジャイルズ・『フィナンシャル・タイムズ』経済部長「格差拡大は証明されていない」も、タイトルからも想定できるように、ピケティ論に与しません。
なお、特集には、トマ・ピケティ・経済学者・『21世紀の資本』著者による「みなさんの疑問に答えましょう」もあり、日本へ提言しています。安倍首相の政策は「格差を拡大しつつ、低成長に終わるという、いわば最悪の事態につながるリスクがある」とのことです。資産のない若者・中低所得層の所得税を引き下げ、高所得層には不動産などの資産に高い税をかけるべきと、持論を展開しています。
田中秀臣・上武大学教授「アベノミクス2.0でデフレ脱却へ」『ボイス』も、ピケッティの主張は日本に当てはまらないとし、デフレ脱却を確実にするため、「いままでのアベノミクスをもう一度リブート(再起動)する政策―『アベノミクス2.0』がいま必要とされている」と力説しています。
城山英巳・時事通信社北京特派員「中国知識人の新しい『対日観』」『文藝春秋』は、抗日戦争勝利70年を迎え、反日キャンペーンが盛り上がる中国で、知識人らの対日観が少しずつ変化している様相を描いています。改革派知識人たちは、「理性を失った日中関係を憂うばかりでなく、日本の成功と失敗の経験を理解し、民間の力で中国の進歩につなげたいという強い意欲を持っている」のです。
寺内敬「日本は右傾化しているのか」『ボイス』は、メディアで頻繁に使用される“日本社会の右傾化”との言葉を俎上にのせています。選挙結果や世論調査、周辺諸国との関係、右派と目される団体等々を分析し、日本社会が右傾化しているとするのは、根拠や裏付けがないと断定しています。「安倍政権あるいは安倍総理が好きではなかったり、その支持率が高いことが気に入らなかったりする諸勢力がつくり出した、感情や一方的な思い込みに基づく政権批判のための“キャッチコピー”程度の意味しかない」とのことです。寺内は現役官僚のため、所属機関を秘し、ペンネームによる寄稿です。
立花隆・評論家×岡田朋敏・NHKチーフプロデューサー「脳についてわかったすごいこと」『文藝春秋』は、6ヵ国21人の専門家に聞いた成果です。科学の進歩を実感できます。
(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時) |