月刊総合雑誌2015年7月号拾い読み (記・2015年6月20日)

 「大阪都構想」をめぐり、5月17日に住民投票が行われ、反対票が賛成票を僅差で上回り、旗振り役を務めてきた橋下徹・大阪市長は、12月の任期満了をもって政界を引退すると表明しました。
 宇野重規・政治学者「大阪市の住民投票と日本の民主主義のレベル」『中央公論』は、今回の住民投票の結果は、賛成派は中身を吟味せずに橋下に賭けただけで、反対派は展望を示せなかったことを意味する、と分析しています。菅原琢・政治学者「『大阪都構想』はなぜ挫折したか」『Voice』は、言動でメディアを賑わすタレント首長としての橋下の術を評価する一方で、その手法が敵を増やし、協調・妥協の道を自ら閉ざし、戦略の幅を狭めてしまった、としています。
 『文藝春秋』は、「橋下徹とは結局何者だったのか」を緊急特集しています。
中野剛志・評論家「独裁の危機は去っていない」は、住民投票により反対派を「弾圧」しようとする独裁志向の橋下市長の政治を危惧しています。森功・ジャーナリスト「手垢のついた大阪都構想」は、「(橋下の)政策の中身は変遷し、そこに社会のために何かをしようという政治への思い入れや理念などを感じない」とのことです。中西輝政・京都大学名誉教授「小泉劇場の二番煎じ」は、「所詮、小泉政権と第二次安倍政権の間に咲いた徒花」と断じています。
 櫻井よしこ・ジャーナリスト「致命的に国家観がなかった」は、橋下は決断力・訴求力があり、政治に戻ってくると期待しますが、そのおりには「弁護士的発想の枠を超えて、政治家として国益に資する力を養ってほしい」と注文をつけています。古賀茂明・古賀茂明政策ラボ代表・元経済産業省官僚「改革者が権力者に変わった」によれば、橋下は、既得権益との真正面からの対決姿勢をもって有権者の支持を得ていたのですが、その立場は、府・市を押え、権力者となったが故にとれなくなっていったのです。後藤謙次・政治コラムニスト「これで終わりとは思えない」は、「首相の目指す最終目標は憲法改正にある。そこに至る過程で首相や菅氏が橋下氏を欠かせない政治家と捉えていると見て間違いない」と断言しています。浅田均・大阪維新の会政調会長・大阪府議「本気で考えた衆院選出馬」には、橋下市長は、「公明党をやっつけたい」と、昨年12月の衆院選に、「市長を辞職して出馬することを本気で考えていました」とあります。

 佐藤優・作家・元外務省主任分析官「中国、韓国、ロシアの『歴史教科書』」『文藝春秋』が、それぞれの国の高校レベルの教科書で「日本はいかに描かれているか」を問うています。中国の教科書では、偽書と知られている「田中上奏文」が史実として扱われていますが、戦後の日本に関する言及は極端に少ないとのことです。「単なる反日ではなく、反ファシズム陣営としてアメリカやイギリスなどと共に大きな戦争を戦い、そして勝ったことを強調したいのです」と分析しています。韓国のそれは、「テロリスト史観」に貫かれていると、佐藤は驚いています。「我が国の先達はここまで追い詰められ、テロをせざるを得なかった」と延々と綴られているのです。朴正熙政府の韓日協定については、経済開発の費用の一部を得、かつ韓米日共同安保体制が形成された反面、「日本の植民支配に対する謝罪、略奪文化財の返還、日本軍『慰安婦』や強制徴用者などさまざまな問題を解決することができなくなってしまった」とあるのです。ロシアは、「日露戦争を帝国主義国家同士の戦争」と冷静に認識している、と佐藤は記しています。ただ、第二次大戦における対日戦争は、日露戦争の復讐戦争だったのです。また、日本の降伏準備は8月19日になってからとし、8月18日のソ連軍の千島への上陸・占領を正当化しています。佐藤は、中国、韓国、ロシアの教科書の記述を問題としながら、結論として、日本の教科書・歴史教育の貧弱さに警鐘を鳴らしています。

 「ロバート・シラー教授 私が安倍総理に指南したこと」(シラー・米イェール大学教授、取材構成=飯塚真紀子・ジャーナリスト)『文藝春秋』は、現在の株価も不動産価格もまだバブルとは言えない、とします。終身雇用は硬直化し過ぎたものにならない限り、日本の強みです。消費増税と共に、インフラや研究への支出増を勧めます。製品中心よりも基礎研究に力を入れたほうが飛躍を望めるようです。さらに、日本経済にも悪影響を及ぼすので、戦後70年に関する談話で中国や韓国を怒らすべきでないと述べています。

 中西輝政・京都大学名誉教授「日米新同盟の幕開け」『Voice』は、安倍首相の米議会上下両院合同会議での演説に関し、「中国と韓国、そして日本の『朝日新聞』など一部マスコミから『過去の戦争に対する「おわび」や「侵略」の文言がない』という批判があったが、『本当に演説を聞いていたのだろうか』と不思議に思わざるをえない」としています。演説には「深い悔悟の念(deep repentance) 」とあり、「repentance」のほうが「おわび(apology)」よりも「はるかに深く謝罪や反省の念を表す」とし、さらに先の大戦に対しても「痛切な反省(deep remorse)」との用語で、「深い悔恨、良心の呵責を指す言葉を述べている」と展開しています。

 黒田勝弘・産経新聞ソウル駐在特別記者兼論説委員「韓国歴史外交の敗北」『Voice』には、安倍首相の訪米に対し、韓国は「“妨害工作”に官民挙げて狂奔した」とあります。しかし、安倍首相訪米後、「韓国では韓国外交の失敗と孤立化そして危機論がしきりに語られている」のです。黒田によれば、「とりあえず安倍首相の対韓外交は勝利したこと」になります。

 『中央公論』は、「米中経済覇権争いのゆくえ」を特集しています。
 巻頭は、榊原英資・青山学院大学特別招聘教授×瀬口清之・キャノングローバル戦略研究所研究主幹「米中は『地下水脈』で連携を模索している」です。二人とも、日中関係が米中関係よりも脆弱なことを憂慮しています。榊原の言によれば、「日本にとって、安全保障のパートナーはアメリカ、経済のパートナーは中国」なのです。しかし、「現政権はこのバランスが取れていない」のです。瀬口は、「日米は協力して中国を世界秩序になじませるべく力を尽くす。これこそが、これからの日米同盟のあり方」だと提言しています。
 伊藤隆敏・米コロンビア大学教授「AIIBをめぐる五つの問題」は、中国が主導するアジアインフラ投資銀行に関する疑問点を挙げ、日本は譲歩できない具体的条件を中国に明示して改革を迫るべき、と説いています。それは、中国の出資比率を20%以下にする、理事の常勤化、投資ルールの明確化、既存の国際金融機関との補完関係を保つこと、などです。
 柯隆・富士通総研主席研究員「中国経済と人民元の実力―AIIB設立の狙い」は、「AIIBは中国主導で設立される以上、北朝鮮の体制崩壊への備えという重要な使命を持っている」ので、「日本がAIIBのガバナンスを本当に心配しているとすれば、参加してガバナンス強化を促していくべき」と力説しています。柯によれば、「これからの国際社会は、先進国だけが主導するものから新興国も参加する全員野球のような『新常態』になっていく」のです。

 『Voice』の宮崎正弘・評論家「習近平政権はクーデターで潰えるか」は、中国での「反腐敗キャンペーン」を詳述し、「最近の中国の特色は、外交方針に軍人の意見が強く反映されるようになったことだ」とし、「習近平の高層部人事が拙速な上、政敵の復活の余地があり、暗殺、軍事クーデター危機が深まっている」とまで言い切っています。
 北朝鮮も不穏なようです。牧野愛博・米ジョンズ・ホプキンス大高等国際問題研究大学院・全米民主主義基金客員研究員「三代目金正恩の『狂気』」『文藝春秋』には、「すでに北朝鮮を巡る情勢は『平時』ではなくなっている。私は明日、正恩が姿を消したとしても決して驚かない」とあります。

 「イスラム過激派によってアフリカ全体が崩壊し始めている」かのような印象を正すべく、『Voice』に、松本仁一・ジャーナリストが「アフリカ 崩壊国家からの再生」を寄せています。モザンビーク、ボツワナ、ソマリランド共和国は、安全な社会を形成しつつあるとのことです。

 増田寛也・東京大学大学院客員教授ほか「提言 東京圏高齢化危機回避戦略」『中央公論』が、人口減少時代にあって、問題は地方での高齢化や「地方消滅」だけでなく、東京圏で高齢化が急速に進み、大問題となるとし、1都3県の連携の必要性を説き、その詳細を提示しています。

 (文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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