月刊総合雑誌2015年9月号拾い読み (記・2015年8月20日)

 『文藝春秋』に第153回芥川賞発表があります。受賞作は、羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」と又吉直樹「火花」です。島田雅彦による選評には、「『スクラップ・アンド・ビルド』は間もなくお迎えがくる祖父を在宅介護せざるを得なくなった孫の悪戦苦闘を描きながら、今日の『家族の肖像』を鮮やかに定着させている」とあります。また、島田は、「『火花』は芸人仲間の先輩との交流を描いた『相棒物語』だが、寝ても覚めても笑いを取るネタを考えている芸人の日常の記録を丹念に書くことで、図らずも優れたエンターテインメント論に仕上がった」と述べています。
 同じ『文藝春秋』の「ベストセラーで読む日本の近現代史」で、佐藤優・作家・元外務省主任分析官が、「(『火花』の)受賞を心から嬉しく思う。(略)特徴は、マイノリティーとマジョリティーの視座が交替して、人間を立体的に描いているところにある」と評価しています。

 『文藝春秋』では、安倍政権に批判的な2篇の論考が目立っています。保阪正康・昭和史研究家「安倍首相 空疎な天皇観」と古賀誠・自民党元幹事長(聞き手=篠原文也・政治解説者)「自民党よ、総裁選を行え」です。
 保阪は、「安倍首相の側には、天皇との距離の取り方に慎重さが欠ける面が見られる」と指摘しています。たとえば、2013年4月28日の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は、「きわめて政治的かつ思想的式典」だったにもかかわらず、安倍政権が天皇皇后両陛下の出席を要請したことを問題視しています。また、高円宮妃久子殿下への東京オリンピック招致活動時でのスピーチ依頼も「懸念」があったとしています。
 古賀は、「専守防衛という、戦後七十年間続いてきた我が国の安全保障の基本的在り方を、根底からひっくり返そうとする動きを見過ごすわけにはいきません」としたうえで、「やはり堂々と総裁選挙をやって、全員が安倍さんと同じではない、多様な意見が自民党にはあるんだということを明らかにしなければなりません。責任政党である自民党にはそれを国民に示す義務があります」と力説しています。

 中曽根康弘・元内閣総理大臣が、『文藝春秋』に「大勲位の遺言」を寄せ、現今の政治テーマについて、縦横に述べています。アジア諸国民に対しては、侵略戦争だったとし、「日本の果たすべき役割とは米国と連携しながら、いかにアジアの安全保障を有機的に結びつけ、中国をも巻き込んだより効果的な安全保障構造に結びつけるかということであり、多くの国が日本にその役割を期待している。そのためにも、中断している日中韓首脳協議の再開に向けての政治的努力を怠ってはならない」としたうえで、「民族独自の共通価値と自由、民主、平等、平和といった普遍的価値を軸に、国内外の情勢や動向を見廻しながら新しい時代を切り拓く我々の手による堂々たる憲法を作らねばならない」と提唱しています。中曽根は、『中央公論』でもインタビュー(「国家、戦争、侵略、靖国を語る」)に応じ、持論を展開しています。

 百地章・日本大学教授「憲法学者の変節と無責任」『Voice』は、安保関連法案に関連し、集団的自衛権の行使を憲法違反とする憲法学者への、憲法学者としての反論です。集団的自衛権は国際法上の権利であり、また日本国憲法にはその行使を禁止・制約する明示的規定はないとのことです。安倍政治を独裁の始まりだとするある憲法学者による批判に対しては、「いやしくも憲法学者と称する人物が、議院内閣制のもと、国会によって指名され天皇に任命された首相を一方的に『独裁』呼ばわりするのはいかがなものであろうか」と厳しいものがあります。

 「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(21世紀構想懇談会)の座長代理を務めた北岡伸一・国際大学学長が、報告書を踏まえ、安倍談話発表の直前、「侵略と植民地支配について日本がとるべき姿勢」を『中央公論』に寄稿しています。侵略という言葉には定義があるし、戦前の日本は「明らかに侵略をしている」とのことです。講和条約や賠償金支払い・先方の受取り放棄、償いの意味をもった日本からの経済協力などが行われてきたので、これ以上の謝罪は不要であるとのことです。ただ、「慰安婦や捕虜など、本当に被害を受けた人々に対して謝罪することまで排除すべきではない」とし、「謝罪よりも、むしろ反省が重要だろう。大きな過ちを犯してしまったことへの反省を新たにし、それが相手に伝わるようにすればよい」とのことです。北岡は、世界紛争予防のために日本が担うべき課題を7つ列挙しています。@国連改革、A経済発展への貢献、B民主化支援、C紛争の法による解決の原則の確立、DPKOへの協力強化、E貿易の自由化、F日米安保の充実による東アジアの安定、です。

 上述の中曽根のインタビューや北岡の論考は、「戦後70年 日本を問い直す」と題した特集の一環です。以下、特集からつづけて紹介します。
 木村幹・神戸大学大学院教授「『過去』ではなく『現在』の問題として捉えよ」は、日韓間の歴史認識問題の解決の困難さに取り組んでいます。その解決の一つの方法として、「強制力のある決定を行う仲裁委員会ではなく、より自由な立場から日韓両国の請求協定に対する理解を議論する、両国政府公認の国際委員会」の設置を提唱しています。「法律と国家的建前の呪縛から離れて事態を柔軟に議論できる状況」を作り上げることが重要なのです。
 「韓国の国家アイデンティティは日本に反対することにあり」、「中国においても、そのナショナリズムは、一つには日本を敵にすることで成立していた」と、アントニー・ベスト・ロンドン大学LSE准教授「ヨーロッパから見たアジアの歴史認識問題」は、分析しています。「ヨーロッパでは歴史は統合の源泉であったのに対し、東アジアでは歴史が分裂を持続させる原動力となってきた」のです。「安倍内閣が歴史問題の処理を間違えれば、この八月に、事態はよくなるどころか悪化するだろう」が、彼の予見です。
 奈良岡聰智・京都大学大学院教授「『日中対立の原点』としての対華二十一ヵ条要求」は、タイトルにあるように、友好的な雰囲気や活発な人的交流が崩れ、日中間が険悪化したきっかけの因を、日本の対華二十一ヵ条要求(1915年)に求めています。「日本政府が世論に引きずられながら、中国大陸への進出に走った嚆矢となる事例なのであり、この経験から学ぶべき教訓は、非常に大きいと言えるだろう」が、奈良岡の結語です。
 茶谷誠一・立教大学兼任講師「御用掛・寺崎英成一九四九年日記」は、このほど発見された、御用掛として昭和天皇のそば近くに仕えた元外交官の一年間の日記の詳細を報告しています。象徴となって間もない昭和天皇が国政に多大な関心を抱いていた様子が伺えます。
 特集には、筒井清忠・帝京大学教授「昭和戦前期を正しく理解するためのブックガイド」から、日野原重明・聖路加国際病院名誉院長×ドナルド・キーン・コロンビア大学名誉教授「ようこそキーンさん 平和の話をしましょう」、山崎正和・劇作家・評論家×福嶋亮大・文芸評論家・中国文学者「戦後復興を世界文明史の中で捉える」などの対談もあり、盛りだくさんです。

 『文藝春秋』には、七十年目の新発見として、「岡部長景『巣鴨日記』」が抄録されています。東条内閣の文部大臣を務めた岡部が、A級戦犯容疑者として1年9ヵ月間、巣鴨プリズンにいたおりに綴った日記です。刑務所内の出来事や他の容疑者の様子や生活ぶりを知ることができます。

 長谷川慶太郎・国際エコノミスト「中国経済は完全に息絶える」『Voice』は、中国の株価は大暴落に至るとし、「ところが日本には、このような中国の投資家の心理と株の値動きを予見し、正確に指摘している専門家はほとんどいない。遺憾ながら、中国を信用しすぎているのだ」と説き、株の乱高下により、不動産市場のバブルも息絶えると断定的に予言しています。

 速水融・慶應大学名誉教授「日本の人口減少ちっとも怖くない」『文藝春秋』は、「文化が成熟し花開くのは、人口が減少または停滞している時期と重なっています」とし、GDP増大を図るのではなく、文化を成熟させる方向に社会やお金を回すべきと説いています。また、かつての東北の家族のあり方に範をとり、三世代同居の直系家族の支援策をと提言しています。

 (文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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