月刊総合雑誌2016年9月号 拾い読み (記・ 2016年8月20 日)

 『中央公論』は、「天皇と皇室の将来」を特集しています。
 巻頭の「古来、天皇は一貫して『象徴』であった」で、山崎正和・劇作家・評論家は、日本では早くから権力と権威の分離 が 行われ、天皇は一貫して権威を担ってきたのであり、「世界史上類例のない君主」で、「象徴天皇は占領政策の産物ではな く、むしろ占領軍が日本の伝統に乗っただけ」と展開しています。
 続いての原武史・放送大学教授との対談「『生前退位』は簡単ではない」で、河西秀哉・神戸女学院大学准教授は、生前退 位 を認めない主な理由として、生前退位がなかった神話から古代の時代の天皇を理想とし、退位を認めると「上皇のような存在 となり弊害になる危険」があり、かつ「強制退位などが起こりかねない」からだとしています。原によれば、皇室典範の規定 を変えない限り摂政を置くことも困難とのことです。
 笠原英彦・慶應義塾大学教授の「制度疲労を起こした皇室典範」は、「場合によっては何らかの特別立法などを慎重に模索 す べき」と提言しています。さらに、君塚直隆・関東学院大学教授の「ヨーロッパ王室における『譲位』の現状」が、ヨーロッ パの王室の事例を紹介しています。「(オランダなど)ベネルクス三国では、第二次世界大戦後から、君主が自らの判断で退 位し、より若い世代に安定したかたちで王位(大公位)を引き継いでいく事例が定式化している」ようです。また、イギリス のエリザベス二世は90歳で世界最年長の君主ですが、20人を数える王族全体で役割分担するシステムが支えているようで す。

 『文藝春秋』は、総力特集として「天皇『生前退位』の衝撃」を編みました。 巻頭は、半藤一利・作家と保阪正康・ノンフィクション作家による対談「我らが見た人間天皇」です。「目の前に見ている民 主主義と平和を愛する天皇像は、今上陛下が即位いらい考えに考えて、憲法や皇室典範から逸脱しない範囲の中で、一つ一つ お作りになられたものだったのではないでしょうか」との半藤の言に、保阪は「ご自身が二十八年かけて『新しい天皇像』を 作り上げてきたことを振り返り、そろそろ天皇の地位を皇太子さまに譲りたい、とお考えになった可能性もあります」と応じ ていました。さらに、保阪は「陛下ご自身しか退位などの皇室典範の不備や限界について考えてこられなかったのかもしれま せん」とし、半藤は、憲法の基本的人権の尊重が天皇には規定されていず、そこに「憲法と皇室典範の間の大きなズレがあ る」と指摘しています。
 『文藝春秋』の立花隆・評論家による巻頭随筆「日本再生・六十四 天皇制の限界」も、「制度と人間存在の間に矛盾があ る なら、どちらかを曲げる必要がある」とし、「現行の皇室典範に、天皇引退(譲位)あるいは休業などの規定がなく、死ぬま で休みなしに働きつづけるのが当然の前提とされていること」を問題視しています。

 ソ連の崩壊、ユーロの瓦解、アラブの春などについての予言的発言で知られるエマニュエル・トッド・(仏)歴史人口学者 が、「EU崩壊で始まる『新世界秩序』」『文藝春秋』で、イギリスのEC離脱をも予言していたことを明かしています。 EUは失敗で、「イギリスは『ドイツに支配されているヨーロッパ』に対して立ち上がった」のです。日本を含め、各国にグ ローバリゼーションに対する疲労が出てきているのです。「(イギリスのEC離脱は)統合ヨーロッパ崩壊の引き金になりま すが、それ以上に重要なのは、世界的なグローバリゼーションのサイクルの終わりの始まりを示す現象であるということ」だ そうです。

 トッドは『中央公論』にも登場しています(「世界は『新自由主義』をもう我慢できない」)。「新自由主義経済のもと、英 米両国で社会の分散・解体が進行し、低所得層にしわ寄せが来て、それが中流層にも及び、社会が不安定」になってきてい て、「アングロサクソン世界が今、大転換点にある」と言うのです。
 上の論考は、「欧州民主主義の危機」と題する特集の巻頭論文です。続いて、宇野重規・東京大学教授と池内恵・東京大学 准 教授による対談「宗教と普遍主義の衝突」があります。池内は、「アメリカはトランプ現象に、イギリスはEU離脱投票に直 面して、民主主義を学習し直しています。果たして日本はその学習ができるか」と問題提起しています。「欧米で痛みが伴っ た再学習が行われるなか、日本では薄ぼんやりした思考停止が目立ちます」と、宇野は心配しています。

 イギリスの国民投票に関連して、デービッド・アトキンソン・小西美術工藝社社長「英国議会主権のジレンマ」 『Voice』は、「間接民主主義の英国が直接民主主義化してしまったことで、『議会主権の是非』という別の大きな問題 が問われ始めているのです」と説いています。さらに、「成文憲法をもたずに政局運営してきたという意味で、英国議会は非 常に独特です。しかし、それがいま完全に崩れようとしている」ので、「今後、英国で議会主権が守れるか否かが、議論の的 になっていくでしょう」と述べています。

 イギリスのEU離脱によるヨーロッパ弱体化で西方からの圧力が減じたと見て取ったロシアは、アジアからアメリカの影響力 を減じるべく「中露同盟」路線に踏み切ったと、中西輝政・京都大学名誉教授「ドイツの悪夢再び」『Voice』は、分析 しています。また、「東アジア情勢とヨーロッパ情勢は、『中露同盟』の成立と、その陰で進行するグローバルな『パワー・ プレイヤー』としてのドイツの動向、この二つを媒介して完全に連動しだしている」と断じています。さらに、第2次上海事 変の事例などあげ、「ドイツと中国が一体になったときの恐ろしさを日本は歴史上、すでに経験している。そして現在におい て、ドイツと中国の関係はすでに経済の隅々にまで及び、強化されている」とし、「最大の悪夢となりうる『中露独同盟』の もたらす脅威」を警戒すべきと、中西は警鐘を鳴らしています。

 南シナ海の海洋問題に関して常設仲裁裁判所が下した判断は、中国に厳しいものでしたが、その日本への影響を、山田吉彦・ 東海大学教授「沖ノ鳥島が『岩』になるとき」『Voice』が論じています。日本の沖ノ鳥島も「岩」とされ、日本の領海 やEEZ(排他的経済水域)が減少する可能性があるのです。山田は、中国の東シナ海進出の後退はなく、かえって漁船団を 送り込むなどして、日本のEEZを否定する行動が予想されるとし、海上自衛隊と海上保安庁の連携による警備・防衛体制の 重要性を強調しています。
 まさしく『文藝春秋』に、佐藤雄二・前海上保安庁長官による「尖閣は海保が守り抜く」があり、領海警備の現場の状況を 詳 述しています。「アジアの海域が『法治平安』の海になるのか、それとも無法地帯になるのか、現在がその瀬戸際」であり、 アジア各国との協力が必要だと力説しています。

 「薄氷の世界経済」との特集をも、『中央公論』は掲載しています。
ジャン=クロード・トリシェ・前欧州中央銀行総裁「我々は今も危機の中にいる」は、現今の所得格差の要因として、新興国 からの労働者の流入、教育格差、技術進歩・グローバリゼーションによる勝者独り占めの経済作用を上げています。
 中国経済は、その経済成長率が緩やかに引き下げられるように展開するか、突然成長率が2.5〜3%に落ち込むこともあ り うるので、日本は両ケースに備える必要があるとするのが、バリー・アイケングリーン・米カリフォルニア大学バークレー校 教授「中国のクラッシュに日本は備えよ」です。
 ロバート・ウォード・エコノミスト・インテリジェンス・ユニット編集主幹「世界は2年間、本来の成長を取り戻せない」 は、「世界五番目の経済大国(イギリス)のGDPを四%も減少させる事件が起きつつあるとき、その他の世界が迅速に成長 するのは困難だ」と予見しています。
 小峰隆夫・法政大学大学院教授「転機のアベノミクス」は、「規制改革、働き方改革、社会保障改革などの構造的課題に取 り 組み、日本経済全体の生産性を引き上げ、基礎的な成長力の涵養を図るべき」と提唱しています。

 参院選について、菅原琢・政治学者「野党共闘は政治に緊張感をもたらした」『中央公論』が、まさしくタイトルどおりの分 析結果を報告しています。

 『文藝春秋』には、「戦争を知らない世代に告ぐ」として「戦前生まれ115人から日本への遺言」がありました。同誌に は、第155回芥川賞発表(受賞作・村田沙耶香「コンビニ人間」)もありました。

(文中・敬称略、肩 書・雑誌掲載 時)