月刊総合雑誌2016年8月号 拾い読み (記・2016年7月20 日)

 脇雅史・前自民党参議院幹事長が、『文藝春秋』に「引退の記 参院自民党は死んだ」を寄せ、国会議員の「言葉の軽さ」 を問題視し、「一票の格差」是正に不熱心・不誠実などと自民党の現状をも難じています。
 田ア史郎・時事通信社特別解説委員「田中角栄と小泉進次郎」『文藝春秋』は、 政治家のうちの昭和の大スター・田中と平成の大スターたる小泉の比較・論評です。二人とも演説の「つかみ」はたくみで す。ただ、小泉には田中のような気宇壮大さはありません。時代も違います。ライバルはいないかわり、小泉は「人一倍、自 分を制御し、努力しなければならない運命を背負っている」のです。
 『文藝春秋』の「我こそ、角栄の道を歩まん」は、28歳で初当選し39歳で初入閣をした細野豪志・民進党衆議院議員 が、田中の経歴に近いことをもって(田中の初入閣も39歳ですが、初当選は29歳)、「国の大きなグランドデザインを描 く」など、角栄政治の見習うべき点を上げています。「借り物でない自分の言葉で、全力で話せ」などとの角栄の名演説を ノートに書き留めて、胸に刻んでいるそうです。ただ、政治には、「やはりお金が必要」とのことです。
   徳岡孝夫・ジャーナリスト「安倍さん、真珠湾に行っとくれ」『文藝春秋』は、オバマ大統領の広島訪問とそのおりのス ピーチに感動したとし、かつ日本人が被害者としての戦争の悲惨を語る傾向を論難しています。徳岡は、「安倍首相に、真珠 湾へ慰霊の旅をしてほしい」、「被害だけを叫ぶ人々に、偉大な民族と呼ばれる日は来ません。日本の首相が日本人のため に、戦争と平和を考えるために行って、『人間の声』で思いを語ってほしい」と熱く説いています。
 一方、『Voice』には、ケント・ギルバート・米カリフォルニア州弁護士「安倍総理の真珠湾訪問は必要ない」があり ます。オバマ大統領の広島訪問によって日米同盟が磐石になったにもかかわらず、「安倍総理に真珠湾訪問、さらに謝罪を迫 るのは、日米の友好関係にひびを入れる狙いからとしか思えず、注意しなければなりません」と言うのです。むしろ、アジア 版NATOや情報発信機関の創設を急ぐべきだと提唱しています。
   浜矩子・同志社大学大学院教授「英EU離脱でジタバタするな」『文藝春秋』はイギリスのEUからの離脱に対し、市場や メディアの反応は過敏すぎるとしています。むしろ、「EUという拘束衣を脱ぎ捨てたイギリスが、どこまで伸び伸びと自己 展開できるか」が、「この先のポイント」と展開しています。心配なのは、日本が「『アベノミクスのエンジンを吹かす』方 向に邁進すること」だとのことです。「ゼロ金利政策や量的緩和といった異様な金融政策を一刻も早く正常化」することと、 相対的貧困率や子どもの貧困率に対処する政策を求めています。
 山形浩生・評論家兼業サラリーマン「イギリスのEU離脱はすばらしい」『Voice』は、「痛手を受けるのは大陸側の ほうだ。それも経済的というよりは、政治的な打撃」で、「イギリスは今後、他の国がEUを抜けやすくなる手順をつけてほ しい」とし、長期的には、EUにとってもそのほうがよいと予見しています。
   『中央公論』の特集は、第T部「英EU離脱の衝撃」、第U部「共震する『トランプ現象』」から成る「世界を蝕むポピュ リズムと排外主義」です。
 第T部の巻頭は、遠藤乾・北海道大学教授「そして、世界が麻痺してゆく」です。EUの再編は避けられず、社会給付など が差異化され、平等の原則は崩れていき、原加盟国のドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス三国を中心に一部リーグが形 成され、他の問題を抱える国々は二部リーグ化する可能性ありとしています。また、雇用不安、治安悪化の原因を、EUや移 民のせいにする、つまりは「外」に「敵」を設定し、それを叩くという現今のヨーロッパの風潮は、「トランプ現象」と通じ るものがあるとも指摘しています。
 やはり、「これ以上移民に来てほしくない」という思いが大きかったと、黒木亮・作家(英国ロンドン在住)「移民の洪水 が英国民を変えた」は断じています。国の財政が厳しいのに、移民が福祉制度に「ただ乗り」しているとの不満があるので す。なお、シティ(ロンドンの国際金融街)は、英語が母国語との優位性から、その地位は揺るがないだろうと予想していま す。
 永田和男・読売新聞調査研究本部主任研究員「連合王国解体の懸念も」によりますと、今回の国民投票でEU残留支持が上 回ったスコットランドでは、将来、イギリスから離れて独立する声が高まりそうです。
 第U部の巻頭は、会田弘継・青山学院大学教授×久保文明・東京大学教授×細谷雄一・慶應義塾大学教授「欧米から民主主 義の自壊が始まる」で、イギリスがEU離脱を決めても、アメリカは大統領選挙で指導力が発揮できません。しかも、トラン プが出てきました。会田は、「今年は不幸にして英米が世界にとって最大の不安要素になる」と見ています。久保によります と、「口約束ばかりで、オバマケア廃止も不法移民取り締まりも実現できなかった」ので、「共和党のエリートは、結局白人 低所得層の怒り」を買ってしまったのです。細谷によりますと、トランプ支持者たちには、グローバル化が自らの社会を壊す という恐怖心があり、また、オバマの登場により、さまざまなマイノリティが力を得たことも恐怖なのです。
 ジョージ・ナッシュ・歴史家「アメリカ保守を破壊する“トランピズム”の意味」は、アメリカ保守主義の混迷を解析して います。「横柄で自己利益ばかり考えているエリートたちに対する市井の人々の反乱」がポピュリズムとのこと。ビック・マ ネー(金持ちや大企業)に怒りをぶつけるのが左派ポピュリズムで、ビッグ・ガバメント(大きな政府)に怒りを向けるのが 右派です。反介入主義・反グローバリズム・移民制限、「アメリカ第一主義」で、左右の混雑種ともいえるポピュリズムがト ランプによってもたらされたのです。それを、ナッシュは、“トランピズム”と呼んでいます。保守派知識人が基本に立ち戻 れば混乱は収まるそうです。これまで目指してきた「自由と道徳と安全保障」の基本に立ち戻ればよいのです。
 グレン・S・フクシマ・米国先端政策研究所上級研究員「トランプはなぜ日本嫌いなのか」は、米ビジネス界の日本に対す る意見が二極分化している様相を描いています。日本企業・政府機関が継続性・安定性・予測可能性を重視し、前例主義なの で、アメリカ企業の日本での新規参入は困難です。参入に成功すると日本の多くに感動し、失敗すると極端に批判的になりま す。トランプの日本についての見方は、典型的な後者、日本で辛酸をなめた人たちと同じなのです。

 「醜く、不健全で、排外的で、時に暴力的ですらある大衆迎合的なナショナリズム」を「ダークサイド」と呼ぶと、宮家邦 彦・外交政策研究所代表は、『Voice』での佐藤優・作家・元外務省主任分析官との対談(「『ダークサイド』現象に襲 われる世界」)で説いています。経済的不平等、生活・将来不安が「ダークサイド」を生み出す根源で、世界各国で拡大しつ つあります。アメリカにあっては、アメリカ社会の「ダークサイド」を代弁するのがトランプなのだそうです。次の大統領に 誰がなろうとも国内対立が激化するかもしれないと宮家は危惧しています。

 「世界秩序の安定のために大国が率先して行動しなくなった状況を『Gゼロの世界』と名付けた」イアン・ブレマー・国際 政治学者/ユーラシア・グループ社長が、池上彰・ジャーナリストと『文藝春秋』で対談(「日本は米国追従をやめよ」)し ています。中国に「(日本に)もっと投資してもらうようにすべき」、「日本を模範とし、協力していくべきだと彼らに伝え ることが、軍事力を強化するよりもずっと意味がある」と力説しています。さらに、アメリカに適切に助言できる“いい同盟 国”になること、また外交の観点から世界中に多数の“日本の旗”を立てることが、ブレマーの日本への注文です。さらに、 日本人はソフトパワーについては十分に力を持っているのですから、「もっとできる限りコスモポリタン」になってほしいと のことです。

 田中直毅・国際公共政策研究センター理事長「習近平は李克強を斬り捨てる」『文藝春秋』は、トップ間の争いにより、中 国経済は悪化すると予言しています。「習近平率いる構造改革派は、『後門の狼』(=失業という不安)を警戒しつつも、 『前門の虎』(=持続する停滞)に正面から向き合うべきと主張している」とのこと。その内容と影響が今後の日本の研究課 題で、「中長期的には、中国で構造改革が進むことは歓迎すべき」だそうです。
 (文中・敬称略、肩 書・雑誌掲載 時)