月刊総合雑誌2017年 3月号 拾い読み (記・
2017年2月 20日)
安倍晋三首相は3月9日夜、トランプ大統領との会談(現地時間10日昼)のため、米ワシントンに向かいました。ちょうど、
その頃、主要な月刊総合雑誌3月号は店頭に揃いました。
「認知心理学や群集心理学の研究者は、きっと私と同様にトランプ大統領の誕生を見抜いていたでしょう」
とし、それは「トランプ氏にはサイコパス特性があり、彼を大統領に選んだアメリカ人の行動は、脳科学的に極めて合理的に
説明できるからです」と、中野信子・脳科学者「トランプはサイコパスである」『文藝春秋』は明快です。彼は「生まれつい
てのサイコパス」だそうです。サイコパスとは、馴染み深い典型例は織田信長で、その最大の特徴は、「冷酷な合理性」で
す。信長と同様、義理人情を低く見積もり、明智光秀に命を奪われるような恐れがあり、また、飽きっぽく長期的な人間関係
を築くことができず、かつ利害のみが判断基準のため、「飽きて投げ出す」可能性があるそうです。
ヘンリー・キッシンジャー・国際政治学者「トランプ氏にはチャンスが与えられるべきだ」『中央公論』は、新大統領は特
定の団体に対して何のしがらみもないし、世界情勢がますます流動的になっている状況なので、傑出した大統領になる好機と
いえる、と説いています。責任分担の割合は、国力に応ずるべきであり、日本も話し合うべきなのです。
国際秩序で主導的国家が無くなる「Gゼロ」の到来を予想してきたイアン・ブレマー・政治学者、ユーラシアグループ社長
は、「早くも『Gゼロ状態』が到来してしまった」『中央公論』で、そのタイトルにあるように「トランプ氏の勝利によっ
て、Gゼロはその瞬間に到来してしまった」としています。心配は三つに分類できます。まずは、同盟国を不安にさせる外交
政策。次にトランプ氏の事業と彼の家族で、権力の私物化の恐れがあるのです。三つめは、閣僚の顔ぶれで、大きな障害を引
き起こすかもしれないのです。
佐藤優・作家・元外務省主任分析官「トランプとプーチンと旧約聖書」『中央公論』は、就任演説と旧約聖書の関係を考察
し、トランプ政権の外交を親イスラエル政策が基調となると断じています。新政権は、テロ対策、核軍縮との二つのカードを
もって米露関係を改善し、対露制裁措置を解除する可能性もありそうです。「ロシアとの政治的、経済的関係を改善すること
によって、北方領土問題を解決しようとする安倍晋三首相にとっては追い風になる」とも予見しています。
塩野七生・作家・在イタリア「トランプを聴きながら」『文藝春秋』は、「トランプの言行に注意は払いながらも、彼と関
係しなくてもできる政策を次々と実現していく」ようにと、日本・日本人に助言しています。TPPは不発に終わっても、ヤ
ル気になり始めた農業・漁業・林業の改革は進めるべきなのです。
『文藝春秋』の巻頭は、緊急シミュレーションと銘打っての座談会「米中が激突する日」です。富坂聰・ジャーナリストに
よりますと、中国は「まさに様子見の段階」です。渡部悦和・元陸将は、「米軍にとって台湾有事で完全な勝利を収めるのは
非常に難しい状況」と危惧しています。岡本行夫・外交評論家は、尖閣諸島を「日米安保条約第五条の適用の範囲内だ」とオ
バマ前大統領と同様に明言してもらう必要性を指摘しています。伊藤俊幸・元海将は、米露の急接近・米の対露制裁緩和は困
難だとしています。岡本は、防衛費の問題が米国との摩擦要因にならないように日米が理解し合う必要があると力説していま
す。
『Voice』は、「米中対決」を総力特集しています。
福島香織・ジャーナリスト「台湾海峡危機の再来」は、台湾海峡で数年内に偶発的有事が生じる可能性ありとしています。
「台湾海峡は台風の目」になり、その影響は、「東シナ海、尖閣諸島にも及んでくる」と警鐘を鳴らしています。
中国が南沙群島に前進海軍拠点を設けましたので、米軍は劣勢となり、南シナ海は「(米軍にとって)中国との軍事衝突は
極力回避しなければならない危険地域」と化し、したがって「南シナ海での領有権紛争が引き金となって米中戦争が勃発する
可能性も、当面のあいだは、きわめて低い」と、北村淳・戦争平和社会学者「南シナ海ではアメリカが劣勢」は分析していま
す。
矢板明夫・産経新聞外信部編集委員「トランプ劇場に振り回される中国」は、「中国は今後、経済面などでトランプ氏に協
力することと引き換えに、外交、安全保障面で譲歩を引き出すつもりのようだ。一連のロビー活動はどこまで奏功するのか、
世界中から注目される」と結んでいます。
専守防衛に徹し、いわば「内向きの覇権主義」による強化が、「アメリカを再び偉大な国に」の真意だと、上の総力特集の
巻頭で、佐伯啓思・京都大学名誉教授「ジャパン・ファーストの時代」は言います。日本への処方箋も同様、「節度ある保護
主義への回帰」で、「国内労働者の生活を守り、社会福祉・医療に富を投じる『ジャパン・ファースト』の政策」をと提言し
ています。
韓国の未来には厳しいものがあるとし、韓国にとっての二つの選択肢を、渡邉哲也・経済評論家「『蝙蝠外交』がもたらす
経済損失」『Voice』が比較・検討しています。現在の事態は、米中への「蝙蝠外交」がもたらした結果なのです。選択
肢の一は、慰安婦合意の順守、THAAD(高高度防衛ミサイル)の早期導入による日米との関係を基軸とした体制、その二
は、慰安婦合意・THAAD導入を反故にしての中国との関係を基軸とした体制、です。一であれば、中国の「制裁」を招
き、二では通貨金融面で大きなダメージを受け、どちらもいばらの道になる、と予想しています。
菊池英博・経済アナリスト「浜田宏一君は内閣参与を辞任せよ」『文藝春秋』は、「デフレ解消のために一定以上の金融緩
和をしても効果がないことはすでに世界の常識なのです。アベノミクスを支えた理論の信用性はすでに崩れ去っている」、
「財政政策がまったく視野に入っていなかったというのは驚くべきこと」、「政策を主導した一人として責任を取るべき」
と、浜田内閣官房参与を糾弾しています。「金融一本槍だった方法論を『財政主導・金融フォロー』に修正すべき」と提唱し
ています。
ふるさと納税制度のもと、寄付すれば返礼品がもらえ、寄付された自治体は収入増となりますが、「そのツケはいったいど
こに回っているのか」との問題意識から、「ふるさと納税の本末転倒」を『中央公論』は特集しています。
巻頭の片山義博・慶應義塾大学教授・元総務大臣×石破茂・元地方創生担当大臣×田中良・杉並区長「そして、都市の逆襲
が始まる…」で、田中が「物欲で都市部の貴重な税金が蹂躙されている現実は修正が必要だ」と熱く説いています。確かに、
上限はありますが、寄付金額が自己負担2000円を除いて翌年度の住民税・所得税が控除され、寄付した自治体からの返礼
品がもらえます。ですから、「(2000円で)高額商品が買える『お得な通販サイト』だと言われている」のですし、一方
で、自治体間の返礼品競争が激化しています(葉上太郎・地方自治ジャーナリスト「返礼品競争が市町村の良識を奪ってい
く」)。また、池田宜永・宮崎県都城市長「目的は市のPRであって寄付金集めではない」によりますと、都城市は返礼品を
「日本一の肉と焼酎」に絞り、2015年度寄付金額・件数ともに全国一位となったのですが、還元率は七割とかなり高いも
のがあります。他の自治体に寄付すると、寄付された自治体は増収になりますが、住んでいる自治体にとっては住民税が控除
されるため減収となります。「差し引きの結果、二二の過疎市町村を含む五二五の自治体が赤字」で、「最大の赤字額は横浜
市の二八億円強」(葉上太郎「全国1741市区町村 損得勘定全リスト」)となっています。
別所俊一郎・東京大学大学院准教授「地方財政の格差はいかに是正されるべきか」は、ふるさと納税には、国の収支の悪化
をもたらし、かつ返礼品競争の惹起や寄付文化を毀損するなどの問題点があるとし、「地方政府は納税者に選ばれるような施
策の向上に努め、納税者は地方行政への関心と参加意識を高めるという本来の趣旨に沿った見直し」を求めています。
『文藝春秋』に第156回芥川賞発表(受賞作・山下澄人「しんせかい」)があり、『中央公論』では新書大賞2017発
表(受賞作・橘玲『言ってはいけない』)がありました。 (文 中・敬称略、肩 書・雑誌掲載 時)
|