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刊総合雑誌2017年 9月号拾い読み
(記・2017年8月20日)
東京都議選での自民党惨敗を踏まえ、『中央公論』は、緊急討論「『安倍一強』で自民党は再生できるのか」(石破茂・元自民
党幹事長×小野寺五典・元防衛大臣×平沢勝栄・自民党広報本部長×船田元・元経済企画庁長官、司会・田原総一朗)を編んでい
ます。平沢によりますと、もともと「自民党にお灸を据えようという土壌があった」うえに、豊田真由子議員などのアクシデント
があり、「最後の一週間でガラッと変わって」しまったのです。船田は「体質とか信頼とかに起因する現象」だから、回復には時
間を要すると心配しています。小野寺は、国民が期待する経済政策重視路線を再度打ち出す必要を強調し、石破は野党時代の苦し
みを忘れるなと力説しています。
『文藝春秋』の巻頭は、「安倍総理でいいのか」と題する、自民党国会議員408人への緊急アンケートの結果です。回答率は
約7%で、執行部に従順なイエスマンが多いと分析しています。ただ、多くの議員が自民党に「驕り」があったと自省していま
す。石破茂は国民の共感を失ったとし、後藤田正純は執行部すら意見を言わない現状を憂慮しています。村上誠一郎は、「トップ
の人事、政策、国会対策、すべて間違っている。それなのに、党、内閣が一体となって、それを覆い隠そうとしている」と斬って
捨てています。
辛坊治郎・大阪綜合研究所代表「自民、民進低迷の真相」『Voice』は、既成政党が国民の支持を失っているとし、「問題
の本質は、維新が大阪で起こした現象が東京でも起きたということです。『安倍一強』などといわれてきましたが、国民は代わり
になる『器』があれば、いつでもそちらになびくことが小池ブームでも証明されました」と断じています。
同じ『Voice』で竹田恒泰・作家「加計問題に疑惑など存在しない」は、内閣支持率低下の主因を「安倍政権は何か大
きなスキャンダルを隠している、と視聴者や読者に思い込ませるように誘導した」「メディアの印象操作」とし、「『なんと
なく安倍嫌い』に流された有権者」が消極的に「都民ファースト」に投票しただけで、「都民ファースト」には国政進出への
大義名分が見られず、「安倍政権の批判票の受け皿にはなりえない」と予見しています。
屋山太郎・政治評論家「保守第二党の誕生」『Voice』は、来秋、前原誠司・民進党衆院議員や橋下徹・前大阪市長な
どが保守野党として結集し、「保守第二党が誕生し、日本の政界は“世界標準”に近づくのではないか」と期待しています。
そのうえで、「安倍氏の政治・外交手腕は秀逸なものだ。にもかかわらず、支持率が急に三〇%に落ちたのは閣僚の不適任者
が続出した感があるからか。テロ防止法を治安維持法に置き換えるような印象操作にも丁寧に対応し、いわゆる二回生問題に
は厳格に対応するべきだ。離党ではなく除籍、議員辞職を勧めて当然だろう。国会議事堂が悪逆非道の輩に取り巻かれている
ように見える。政界にもマスコミにも不正直で、印象操作したい連中が溢れていると自覚すべきだ」と結んでいます。
世論形成に感情・信念への訴えかけが客観的事実よりも優位に働く状況やその状況に関する形容詞を「ポスト・トゥルース
(post-truth)」というと、谷口将紀・NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院教授「ポスト・トゥルー
スの時代とは」『Voice』は説明しています。この語が広く知られるようになったのは、イギリスのEU離脱をめぐる国
民投票とアメリカの大統領選挙によってでした。テレビ、インターネットで情報が飛び交いますが、「自らの政治的傾向に沿
う言説ばかりをえり好み」できるようになり、「自分の意見を一層強固なものにする」のです。「真偽のほどは二の次」に
なってしまいます。「無党派層の多い日本なればこそ、マスメディアやインターネット上の誇張されたニュースに世論が雪崩
を打って反応しやすく、時には政権の帰趨まで左右しうる。虚偽または誇張された情報が説得効果をもちやすい分、潜在的な
インパクトは日本のほうが大きい」との逢坂巌・駒澤大学准教授の見立てをも紹介しています。
佐伯啓思・京都大学名誉教授「民主主義のしっぺ返しが始まった」『文藝春秋』は、「安倍政権の危機というより、むしろ
民主政治の崩壊という感を強くする」とし、「『民主主義』さえ実現すれば『政治』はがよくなる、というのは誤った思い込
み」であるとし、「政治」が忘れられていることを危惧しています。「政治」とは、「価値観(規範意識や道徳的な価値)を
維持しつつ、人々の生活を安定させ、国の将来の大きな方向を打ち出す集団的行為」です。この「常識」にかえる以外、現在
の混迷から抜け出せないとのことです。
フランスはマクロン大統領を選びましたが、「民主主義のシステムは機能不全に陥ってしまった」と、エマニュエル・トッ
ド・歴史人口学者「マクロンと民主主義の危機」『Voice』は危機感を露わにします。社会の上層部(大衆エリート)が
下層部(貧困層や移民層)を抑え付ける構造が明確化したのであり、「教育のレベルによって生じる、社会の分断に要因があ
る」と論を進めています。トッドによれば、民主主義には、「フランス・アメリカ・イギリス型」、「ドイツ・日本型」、
「ロシア型」の三類型に分けられます。フランスの家族構造は核家族・個人主義、価値観は自由・平等です。ロシアは権威主
義・平等主義です。ドイツや日本は、直系家族制度で、価値観は権威の原理と不平等です。自分たちよりも上の存在がいると
の不平等の原則を受け入れるので、階層民主主義が発展し、支配的政党が存在し続けるのです。フランスの伝統的な民主主義
の姿は、右派と左派の闘争関係にあります。投票システムもそれに見合ったものです。ところが、「社会構造的にきちんと定
義できないようなグループが存在し、滅茶苦茶な投票をして」、「ミスター・ユーロ」を選出してしまった、とトッドは問題
にするのです。ちなみに、日本については、「風」によって政権与党は変わるかもしれませんが、「二大政党制のような大き
な政治的変化に根本から晒される可能性は低い」とみています。
『中央公論』は、「ハーバードの日本『再発見』」を特集しています。
巻頭は、佐藤智恵・作家/コンサルタントによる10人のハーバード大学教授へのインタビュー「ハーバード10教授が教
える日本」です。ハーバード大学・
大学院での日本研究・教育の内容・実情が把握できます。岩崎弥太郎、「十七条憲法」、寿司の伝播・バレンタインデーの歴
史、忠臣蔵、城山三郎の経済小説についてなど、きわめて多彩です。
グレン・S・フクシマ・米国先端政策研究所上級研究員「発信力を高めるために何が必要か」は、日本からのアメリカへの
留学生の激減や、アジアに関する会議で、英語で中身のある発言でき、かつ多様な意見を持つ日本人参加者が常に少ないこと
を問題視しています。
日本からの留学生減は、ケント・E・カルダー・SAISライシャワー東アジア研究センター所長「日本研究の二つの潮
流」も心配しています。アメリカとの交流・交渉にはOB人脈が大きな意味が持つからでもあります。彼によりますと、アメ
リカでの日本研究には、戦前からの連続性を重視するのか、変化を重視するのかの二つの潮流があるのです。リビジョニスト
(=日本異質論)は、戦前から変わらず保守的であるとし、連続性に注目します。
苅谷剛彦・オックスフォード大学教授「オックスフォードから見た『日本』という問題」は、「日本の文化への関心が高
まったからと言って、それを日本という国民共同体自体のプレゼンスが高まったと誤認してはならない」と警告しています。
「文化への関心が日本研究を支えている」のですが、「そのルーツにこだわらずに、文化としてのコンテンツに関心」が高
まっているのです。
「イラクのフセイン、リビアのカダフィといった核兵器を保有していなかった指導者たちは、抹殺されました。彼らの運命
を考えると、金正恩は核兵器を放棄しないでしょう」との前提にたち、アンドリュー・クレピネヴィッツ・国防政策アナリス
ト、元国防総省勤務「米ペンタゴンが恐れる北の奇襲攻撃」『文藝春秋』は、中国の存在・役割を重視し、かつ中国との戦争
を回避するためにも、日米同盟に中国との安定的な軍事バランスの維持を求めています。
『文藝春秋』には、第157回芥川賞発表(沼田真佑「影裏」)がありました。
(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)
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