月刊総合雑誌2018年 1月号拾い読み
(記・2017年12月20日)
塩野七生・作家「絶滅確実種宣言」『文藝春秋』は、自らの著作物の発行部数が大幅減となり、重版もはかばかしくなくなって
いて、絶滅危惧種どころでなく、絶滅確実種となっている、と出版界の現状を慨嘆しています。
一方、『Voice』の巻頭言を担当することになった宮家邦彦・外交政策研究所代表は、「活字離れは続くだろう」とし
つつも、「『読む』ことは『考える』ことだ。されば、月刊オピニオン誌とは人間に『考える』贅沢な時間を与える貴重な媒
体である」と出版界、とりわけ月刊総合雑誌にエールを送っています(「月刊オピニオン誌と『考える』時間」)。
『Voice』は、創刊40周年記念特大号であり、上島嘉郎・元『正論』編集長「『Voice』が担った提言誌の価値」
が同誌の提言する役割に期待を寄せています。
『文藝春秋』は「創刊95周年記念〔大型企画〕」として「文藝春秋を彩った95人」を編み、証言とエッセイで往時を振
り返っています。前編巻頭は山折哲雄・宗教学者「司馬遼太郎 鉄砲嫌いの刀好き」で、後編巻頭は保阪正康・ノンフィク
ション作家「昭和天皇『独白録』が昭和史を変えた」です。立花隆・評論家・ジャーナリスト「その場教育で強制学習」など
〔特別寄稿26人「文藝春秋と私」〕や、鵜飼哲夫・読売新聞文化部編集委員「芥川賞『昭和・平成』十大事件」、石原慎太
郎・作家×石原まき子・石原プロモーション会長×金宇満司・撮影監督「石原裕次郎は強くてシャイだった」もあります。
『中央公論』は、「この30年を人物で語り尽くす」と「6ジャンル識者12人が選ぶ」という対談形式で、「平成の
100人」を特集しています。特集巻頭は、遠藤乾・北海道大学大学院教授×牧原出・東京大学教授「冷戦終結がもたらした
理念と力の分散」で、政治家のボリス・エリツィン・ロシア連邦初代大統領から今上天皇まで20人について論じています。
続いて、経済、社会・事件、文化、科学、スポーツの分野の対談があり、かつ各対談の末尾には平成元年(1889年)から
30年間の5年ごとの略年表が付されています。
さらに、猪木武徳・大阪大学名誉教授×北岡伸一・国際協力機構理事長「這い上がろうとしては滑り落ちた30年」が平成
を総合的に捉えようとしています。北岡の「這い上がろうとしては、ツルッと滑り落ちる」という総括に対し、猪木は「統合
と分離を繰り返している」と応じています。EUが誕生しイギリスが離脱を決め、バブル崩壊、アジア通貨危機、リーマン
ショックがあり、国内では自民党が下野する2度の政権交代がありました。北岡は、「日本は国際社会では、一流国から二流
国になってしまった」とは言え、「世界の動きにすごく影響がある大きな国」なのですから、「もっと自立することを考える
べき」と説いています。
『中央公論』には、「85歳の作家が気鋭の財政学者に訊く」「異色対談」として、五木寛之・作家×井手英策・慶應義塾
大学教授「日本は本当に貧しくなったのか」もあります。この対談の発端は、五木が「日本は貧しい国で公務員の数が少な
く、日本人は格差を小さくしようと思っておらず、人間を信じていない人の割合がべらぼうに高い」との井手の指摘に驚いて
のことです。五木は、「日本人は今自分たちが貧しいと思っていない」との実感を吐露しています。しかし、井手によります
と、日本人の所得は、97年から減少し、現在は、世界で32、3番目です。
養老孟司・東京大学名誉教授「『平成』を振り返る」『Voice』は、「経済はここ二十年以上、停滞というより縮小で
ある」とし、その「根本の原因は実体経済の飽和」であり、「経済活動が煮詰まった。総需要の不足が言われる。つまり投資
先がない。技術的な供給能力が大きいので、新規分野が発生しても、アッという間に煮詰まってしまう。スマホが好例であ
る。売り始めてから、小学生が持つようになるまでが、平成年間に収まってしまう」と断じています。
同じく『Voice』では、佐伯啓思・京都大学名誉教授「AIに奪われる成長」が、生産性向上のためとAI(人工知
能)やロボットを活用するだけでは、かえって余剰人口を生み、大幅な人員整理につながり、消費増にはならないと危惧して
います。「世界中の先進国が、ゼロ成長でも生活の質を高めながら幸福感を得られる経済をどう構築するか、を模索してい
る」のです。「世界に先駆けて少子高齢化時代に突入した日本の壮大な『実験』には、人類史的な意味がある」のです。
「『立ちすくむ国家』経産若手官僚の警鐘」『文藝春秋』は、古市憲寿・社会学者の司会による、ウェブ公開の『不安な個
人、立ちすくむ国家』と題したリポート作成に参加した若手官僚たる須賀千鶴・03年入省×日圭悟・06年入省×宇野雄
哉・13年入省による座談会です。早急に解決すべき課題として、@居場所のない定年後、A望んだものと違う人生の終末、
B母子家庭の貧困、C非正規雇用・教育格差と貧困の連鎖、D活躍の場がない若者の5つを挙げています。
小泉純一郎・元内閣総理大臣は、笹川陽平・日本財団会長との対談(「米百俵の精神を取り戻せ」『文藝春秋』)で、明治
初期・長岡藩の「米を売って学校設立の資金をつくった」精神を現在の日本人が忘れているとし、かつ、「増税を主張する政
党は滅多にない」、「国民も国民で、『いま』楽をしたいから、将来にツケを回す政策を平気で選んでいる。これは、民主主
義の弱点だね」と嘆きつつも、「本来日本人はピンチをチャンスに変える強い国民だと思うんだけどね」と諦めてはいませ
ん。「原発なんか総理が決断すれば即ゼロにできるんだ」と安倍総理に言ったとのことです。
福田康夫・元内閣総理大臣も『文藝春秋』に登場しています(聞き手=篠原文也・政治解説者「政治家は将来の姿を語
れ」)。外交面では日韓・日中関係の改善、そして人口減に対し、各省庁の枠を超えた総合的・戦略的取組を求めています。
森友・加計問題に絡んで、「公文書などの記録を正しく保存し、国民に然るべき時期に開示していることは民主主義の原点で
すよ」と述べています。
「いまの『リベラル』は『アベ政治』に対抗するムードとしての『護憲』の言い換えですよね」と、苅部直・東京大学教授
は、井上達夫・東京大学教授との対談「自称『リベラル』の欺瞞」『中央公論』で指摘しています。「護憲・社会福祉・平和
主義を旗印にして自民党を叩けば、とりあえずある程度の人気は保てる。『リベラル』派の野党はそれに依存したまま思考停
止を続けている気がします」とまで、苅部には厳しいものがあります。井上によりますと、「日本では、自分たちが正しいと
思う政策を政敵に押し付ける手段としてのみ立憲主義や民主主義を評価する傾向がいまだ根強い」のです。井上は、「憲法は
『政争』の具ではなく、『公正な政治的競争のルール』だという自覚が右も左もないんですね。その結果、自分たちが負けそ
うなときに民主的プロセスや改憲プロセスを非難ないし回避する病理が生まれるのです」と展開しています。
「ネット世論では、リベラル的志向性を批判、揶揄する声や社会正義を求める保守的傾向が、現実の社会的分布以上に強く
響く」のですが、それは、「戦後民主主義、福祉資本主義が花開いたリベラルの時代が終焉したことを示す事実だ」と認識す
べきと、木村忠正・立教大学教授「『ネット世論』で保守に叩かれる理由」『中央公論』は、主張しています。
中西輝政・京都大学名誉教授「中国と日本の百年マラソン」『Voice』
は、「日本はすべてにおいて中国と同等の力をもつしか対処法はない、というのは誤り」で、「内外に多くの敵や弱点をもつ中国に対しては、その四分の一の国力で日本は今後も
十分、安定した日中関係を保ちうる。大切なことは、『アメリカなきアジア』においても、われわれが『一極として立つ』気
概を捨てることなく、中国と伍していくことができる堅忍不抜の日本をもう一度つくり直しのだ、と決意すること」と力説し
ています。
馬立誠・元『人民日報』論説委員は、宮本雄二・元駐中国大使などとの『中央公論』での座談会「日中国交正常化の『初
心』に還れ」で、この日中関係45年間の最大の成果は「四つの政治文書」と評価し、新しい段階を迎え、第五の文書の必要
性を訴えています。同じく『中央公論』での許章潤・清華大学教授などとの座談会「中国における言論への懸念と可能性」で
は、川島真・東京大学教授が、中国ではスマホ決済が進んでいますが、便利である反面、当局による管理・監視が強くなるの
ではと懸念しています。
(文中・敬称略、肩
書・ 雑誌掲載時)
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