米朝首脳会談が実施された6月12日の直前の9日に、月刊総合雑誌7月号は店頭に揃いました。
『Voice』の特別インタビューは、ジャレド・ダイアモンド・カリフォルニア大学教授「日本の定年制は邪悪の制度」
です。「人口減少は決して悪いことではなく、じつは喜ぶべきことです」とし、「もし私が金正恩であり、日本を破滅させた
かったら、定年退職制を維持させたいと思うでしょう」とまで述べています。日本の最大の問題の一つは資源不足なので、人
口減はかえってプラスになるのです。日本は「働き続けたいと思う高齢者の雇用機会を確保し、彼らを最大限に活用する方法
を見つけるべきです」と力説しています。
同じ『Voice』で、冨山和彦・経営共創基盤代表取締役CEO他による「[シンポジウム]働き方を雇用から変える」
は、「企業の競争力と従業員の幸福を両立する手段」として、「日本式ジョブ型雇用への移行」を提言しています。新卒採用
者を社内で一定レベルまで育成するメンバーシップ型雇用は日本固有の雇用慣行です。それに対し、個人の適性と希望により
個別契約を行うのがジョブ型です。メンバーシップ型のシステムを一部残しながら、それは入社後の数年間に限定し、育成期
間後は、ジョブ型に切り替え、以降のキャリア形成は個人の主体性に委ねるべき、というのです。
飯田泰之・明治大学准教授「人出不足が『移動』と『成長』を促す」『Voice』は、「(日本では)人口減少のインパ
クトが大きく見積もられすぎている」、「人手不足は(新技術の導入を早め)生産性を向上させる」との「高圧経済論」を紹
介し、さらには「(人手不足の重要な機能は)人の『移動』を促す」ことだと展開しています。かつても、農村地帯から工
業・商業地帯に人が移動することによって生産性が向上しました。現在も、周縁部に居住している人が職場と自宅を接近させ
て移動時間を減らせば生産性は高まります。また、小さな集落から移動してくるだけで行政の生産性は向上します。さらに、
機能的なコルビュジエ型よりも、ゴチャゴチャしたジェイコブス型の中核都市づくりを提唱しています。「そこに魅力を感じ
る人が東京から移住してくる可能性」があるのです。
『文藝春秋』の総力特集は「北朝鮮を信用するな」で、巻頭は、エマニュエル・トッド・歴史人口学者「日本は核を持つべ
きだ」です。その結びには、「国家が思い切って積極的な少子化対策を打つこと、出生率を上げるための社会制度を整えるこ
とこそ、安全保障政策以上に、日本の存亡に直結する最優先課題だということです」とあります。結びにいたる過程で、「米
朝首脳会談は茶番劇にしかならない」と明言し、中国と北朝鮮が核保有している東アジアにおいて、「米国の核の傘」はフィ
クションに過ぎないので、「外国人の立場、親日家のフランス人の立場から敢えて」、核保有を日本は検討すべきだと提言し
ています。ちなみに、「中国の未来は悲観せざるを得ないという点で、人口学者は一致しています。少子化と高齢化が急速に
進んでいるから」とも述べています。
続いて、潘基文・前国連事務総長がインタビューに応じています(聞き手=黒田勝弘「金正恩の本音は核保有維持だ」)。
「核放棄と引き換えに北朝鮮を経済的・社会的に発展させなければならない」と本当に金委員長が考えているのか、「確信が
ありません」とし、さらに、「今まで、北朝鮮はすべての約束を自ら白紙化しています。その事実を決して忘れてはなりませ
ん」と警鐘を鳴らしています。また、2015年4月29日の安倍総理の米上下両院合同会議での演説は、米国では好評でし
たが、歴史問題で国際社会の期待にそぐわず、失望したと評価していません。
太永浩・元駐英北朝鮮公使「亡命外交官『脱北者5万人と連帯する』」は、外交官の中では最高位の亡命者が、金委員長の
恐怖政治を糾弾しています。北が核放棄するとすれば、「体制を堅固にするものでなければならない」と指摘し、今後は、
「(脱北者)五万人と連帯し、北朝鮮の奴隷社会を壊す南北統一に向けて、活動を広げていきたい」との決意を表明していま
す。
藪中三十二・元外務事務次官・立命館大学特別招聘教授は、三浦瑠璃・国際政治学者他との緊急座談会「米国と中国『大国
の論理』を読み解く」で、「(非核化交渉は)ロシアを含めた六ヵ国協議」が必要だと説き、米中間にあって、日本は、冷戦
的な思考から脱し、「日米同盟を堅持しつつ、その一方であらゆる国と案件ごとに是々非々で付き合っていくしたたかさ」が
求められると強調しています。
宮本悟・聖学院大学教授「悲願の米朝首脳会談へ、北朝鮮の長い道のり」『中央公論』によりますと、北の求めているの
は、当初から「体制保証」ではなく、「体制保障」です。「政権が崩壊しないように経済的に保証」してもらうことではな
く、「国家安全保障」を希求してきたとのことです。この点に誤解があり、米朝対話が前進しなかったと分析しています。な
お、北の求める非核化は、あくまでも「朝鮮半島の非核化」で、アメリカと韓国の「非核化」をも求めているのです。
石丸次郎・アジアプレス大阪オフィス代表「国連制裁で動揺する金正恩政権の懐具合」『中央公論』は、北朝鮮在住の取材
パートナーたちからの情報をもとにした、北の窮状の報告です。反政権的な人々すら、南北首脳の対面を、その日だけ特別に
2時間ほど電気が供給されたので、テレビで見て、「同じ民族の韓国が助けてくれて、暮らしが良くなるだろう」と涙を流し
て喜んだというのです。食糧配給がストップし、職場離脱が続出しています。国際社会の制裁によって、強いダメージを受け
ているので、「(金委員長は)早めに核放棄をカードにして、金一族支配体制の保障と経済的利益を得る方向に舵を切った」
と断じています。
『中央公論』は「シャープパワーの脅威」と題する特集を編んでいます。
その概念の提唱者のクリストファー・ウォーカー・全米民主主義基金副会長が「民主主義国家に挑戦するシャープパワーと
いう毒牙」を寄せています。「その特質は、ソフトパワーにように相手を説得したり魅了するのではなく、むしろ外向けの発
信に対して検閲を行ったり、工作によって相手を操作したり、話をすり替えて混乱させることである」とのことです。「中国
やロシアのような権威主義国家が、政治目標を推し進めるべく、経済活動を梃子として活用しているということである。特に
中国は巧妙に、間接的なチャネルを通じて、さまざまな度合いで圧力をかけている」、「ロシアや中国は、民主主義体制の内
側に入り込むことを大きな目標とし、民主主義国家の人々を自分たちの味方とすることで、権威主義体制への批判を打ち消そ
うとしている」と主に中国とロシアの行動を問題視します。
つまり、「シャープパワー」とは、「中国やロシアなど権威主義国家が自国の利益と目的達成のために西側諸国に対して
行っている様々な対外世論操作プロジェクト」のことです(鼎談「習・プーチンが狙う新たな国際秩序とは」での佐橋亮・神
奈川大学教授の言)。
保坂三四郎・ロシア研究家「ロシアが展開する目に見えないハイブリッド戦争」が、米大統領選で米国有権者の投票行動に
影響を与えようとしたロシアの行為などを詳述しています。マイケル・マッコール・米連邦下院議員「孔子学院はトロイの木
馬だ」は、中国政府が海外の大学と提携し、中国語と中国文化の普及拠点としている孔子学院に警戒感を露わにし、米国の四
大学に閉鎖を求めています。
川島真・東京大学教授「一帯一路空間の孔子学院」は、中央アジア、アフリカでの、経済の実態的利害と関連づけての中国の
積極的な宣伝、文化交流の実態を紹介しています。
石井妙子・ノンフィクション作家「小池百合子『虚飾の履歴書』」『文藝春秋』には、「『カイロ大学を首席で卒業』―総
選挙で日本中をかき乱し、今も都知事として権勢を振るう彼女の華々しい経歴は、42年前の嘘からスタートした」とのリー
ドが付せられています。「日本人として二人目、女性では初めて、しかも首席で〈カイロ大学を〉卒業」との履歴に疑念があ
るというのです。結びには、「砂塵ですべてを覆い隠し、その上に何かを築いても、所詮は、砂上
の楼閣である。一陣の風で崩れ落ちてしまうと、今、彼女も私たちも知るべきであろう」とあります。
『中央公論』には、少子化・学生獲得競争激化をふまえた「特集 地方大学 生き残りの条件」や「第19回『読売・吉野
作造賞』発表」(受賞作・深井智朗『プロテスタンティズム』)もあります。
(文
中・敬称略、肩書・ 雑誌掲載時)
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