『文藝春秋』と『中央公論』2誌がともに、カルロス・ゴーン・前日産会長逮捕関連の論考を2篇掲載しています。
井上久男・ジャーナリスト「ゴーン追放 全真相」『文藝春秋』には、「瀕死の日産を甦らせたカリスマの“チルドレン”だっ
た西川廣人社長と志賀俊之取締役。『謀反』の裏側には、二十年間にわたる三人の愛憎劇があった―。」との惹句が付せられてい
ます。北米市場の躓きなどの失態の責任を志賀に押し付け、西川を昇格させたのですが、マクロン仏大統領に譲歩してルノーとの
経営統合に向かいかねないゴーンと、経営の独立を維持したい西川との間に大きな溝が生じていたとのことです。「日産社内では
内部通報によって、ゴーンの不正が明らかになりつつあったのだ。(中略)西川は、検察と協力してゴーンの不正を暴くことを決
断した。それが衝撃的な逮捕劇へとつながった」とあります。
永井隆・ジャーナリスト「暴走を抑えきれない日産の風土」『中央公論』は、「経営危機に陥って権力者が失脚し、あらたな権
力者が台頭、しかしその権力者もまた失脚する…」「権力闘争」の歴史を振り返り、日産には「実力者の暴走を抑えきれない風土
があるようだ」と見立てています。
大西康之・ジャーナリスト「日産会長『年俸20億円』は世界標準か」『文藝春秋』は、「ゴーン氏の報酬は隠されていた部分
を含めても、平均より『やや高額』程度」とし、「有価証券報告書の虚偽記載が事実であれば、それに対する罰は受けるべきであ
る。だが、その一事をもってこれまで彼が積み上げてきた功績のすべてを否定するのはいかがなものか」と問題提起しています。
真壁昭夫・法政大学大学院教授「経営者の高額報酬問題の正しい考え方」『中央公論』は、「実現した業績に見合った報酬」を
経営者に支払うべきと説き、達成した業績に、中長期的な視点に立った評価基準を加味した「適正な業務評価方法の確立」を求め
ています。
赤坂太郎「日露交渉『二島引渡』はプーチンの罠か」『文藝春秋』には、1月の安倍首相のロシア訪問、6月のG20での首
脳会談などとの「日露行程表」が明らかになるとともに、「『北方四島の帰属問題と日露平和条約締結』の是非を問う衆参ダ
ブル選挙」が急浮上したとあります。「二島か四島かの問題」があります。また「二島先行」であっても「施政権だけ」の
ケースもありますし、主権が日本に委譲されても米軍基地が置かれるか否かの日米露の安全保障問題も複雑に絡ます。「この
連立方程式を解くのは簡単ではない」ようです。
「元徴用工」に「一円も支払ってもいけません」と、呉善花・拓殖大学教授「『オール・ジャパン』で対処せよ」
『Voice』は力説しています。強制的に徴用されたわけではないので、「元徴用工」ではなく「朝鮮人戦時労働者」と呼
ぶべきであり、韓国では世論の趨勢、いわば「国民情緒法」に司法が左右されていて、「文大統領は、自国民に北朝鮮への夢
を抱かせ、民族共通の反日意識を高めて結束させるために、徴用工、慰安婦、竹島の三つを外交カードにしています」と説い
ています。さらに、国際社会で自国の立場や主張をアピールすることを怠ってきたと日本に苦言を呈しています。「(日本
は)官民が協力した『オール・ジャパン』で理不尽な攻撃に立ち向かうべき」で、「司法判断が民心で揺れ動く韓国の特徴を
踏まえたうえで、『民主主義の前提は法治国家』ということを国際社会に粘り強く発信していくほかありません」と結んでい
ます。
篠田英朗・東京外国語大学教授「教条的な国内法学者の異常さ」『Voice』は、「日本は、今回の韓国大法院判決が
『歴史問題』にならないように、徹底して国際法の議論に傾注し、国際法と韓国国内法の調整の問題として、冷静かつ知的な
態度を貫かなければならない。感情的になり、『歴史問題』化させ、中国の参入を促すようなことがあれば、それは日本外交
にとって大きな敗北を意味することになるだろう」と警鐘を鳴らしています。
同じく『Voice』で、牧野愛博・朝日新聞ソウル支局長「日本の警鐘をなぜ無視したか」が、「韓国大統領府には現
在、日韓関係の専門家は勤務していない。このため、つねに日韓関係は『南北関係』や『支持率』といった文政権の最優先課
題の後塵を拝する結果に陥っている」と危惧しています。「日米韓の安保・経済協力に揺らぎが見えて」いますが、「明治の
時代状況に逆戻りすること」がないようにとの「冷静な思考」が求められているとのことです。
徴用工問題に関しては、「韓国政府自身が悩みに悩んで解決策を考えるしか方法はないでしょう。絶対に日本企業が賠償金
を支払うという形にしてはいけません」と、柳興洙・元駐日大韓民国大使(聞き手:黒田勝弘・産経新聞ソウル駐在客員論説
委員)「文在寅政権は我が韓国の『信用』を失った」『文藝春秋』も言っています。「『この問題については解決済みなので
韓国が解決策を考えると信じています』くらいの簡潔なコメントを出して、後は静観するくらいでいいのです」と日本に助言
しています。
中西輝政・京都大学名誉教授「備えとはこの日本を誇る心」『Voice』によりますと、対中国は、「対中・四分の一戦
略」で「GDPにせよ防衛力にせよ、中国の四分の一の水準を維持」し、「時に協調しながらも、じっくりと対峙し、腰を入
れた持久的な対中抑止戦略を採るべき」なのです。また、「平成とは『改革』と『再生』にことごとく失敗し続けた三十年」
で、ポスト平成には、「経済の再生」と「国防」が重大問題となり、安全保障をめぐって「日本の自立」が大テーマになると
断じています。つまり「対米依存を続けるか否か」というテーマに収斂されるというのです。「左右を問わず対米依存に甘え
る姿勢に疑いをもたず、苦しくても自立する、それはこの日本と自らのためという『自矜の心』が今日、われわれのあいだか
ら失われている気がしてなりません」と慨嘆しています。
秋田浩之・日本経済新聞コメンテーター「『米中の調整役』は危険な空論」『Voice』は、米中対立は「いずれは避け
られない宿命だった」とし、日本が、当面、とるべき政策を提示しています。対中では、「米国とのズレが生じないよう」に
つとめ、「『自由で開かれたインド太平洋』構想を進めるため、米国や豪州、インドとの協力の具体化を急ぐ」べき、と提唱
しています。「中ロへの関与を深めるのであれば、それ以上に日米の結束を維持する努力が欠かせない」が秋田の結語です。
普天間・辺野古をめぐる政府と沖縄県側との対立を中心とする問題は、「『平成後』に託されることになる」と、宮城大蔵・
上智大学大学院教授「『沖縄問題』をどう解きほぐすのか」『Voice』はみています。「県と対立したままでは工事はい
ずれ頓挫」し、「あまりに強権的な姿勢によって、辺野古新基地計画は政治的にきわめて『筋の悪いもの』になってしまっ
た」ので、「安倍後」の政権で「対話も交えた打開策の検討という本来の常識的な方向に舵が切られる」と予見しています。
池内恵・東京大学教授「日本の『こころ教』とイスラーム『神の法』」『中央公論』は、イスラーム教には、日本人の宗教観
とは対極的な要素が多く含まれていると解説しています。日本人は、各人が感じるままに宗教あるいは信じるものを選べばよ
いという考え方、つまりは「こころ教」を信仰しているのです。一方、「絶対的な他者としての神が律法を下し、人間に何を
信じ、何をするべきかを命令する」、「この律法の要素を全面的に体系化し、宗教信仰の主要な要素としているのがイスラー
ム教」なのです。「人間の側の意志や必要性によって作られる国家と法よりも上位に、神の啓示した法に基づくイスラーム教
の共同体がある」のであり、「『イスラームの復興』の波が東南アジアにいよいよ本格的に及ぼうとする時期になって、偶然
にも日本は移民に国を開く新機軸を打ち出す。全く異なるこの二つの動きが偶然にも交錯する時、何が起こるのだろうか」と
問うています。
『中央公論』は、「日本医療 再生への処方箋」を特集しています。巻頭は、岩田喜美枝・東京都監査委員×真野俊樹・中央
大学大学院教授「医学部入試の女性差別を生み出した『医師偏在問題』」です。女性医師は過酷な診療科や地方勤務を嫌うと
のことで男性を選びがちだったようです。また、病院経営は医師の過重労働が前提となっているとのことです。医師の地域偏
在も大問題です。地方病院を含め、魅力的な病院作り、医師の仕事の質や環境の改善等々が喫緊の課題としてあげられていま
す。
(文
中・敬称略、肩書・ 雑誌掲載時)
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